第1話

“愛してると言うあなたが欲しいだけ”

1


 部屋に響くだらしなさ。

 僕の意思に関係なく、唇のはしからはあつい吐息とくさいよだれがだらだら。



 呼ばれたからしがみつく。僕の意思じゃない。

 すごく満足げに頷かれたけど、僕は満たされてなんかいないよ。

 困っちゃうな、この人すぐ調子に乗るんだもん。

 やる気のないお餅つきみたいな間抜けな音。湿ったカーテンが擦れるような肌の触れ合い。ぬるいコーラみたいな汗が落ちてきて、つま先からあたまのてっぺんまで駆けていく静電気みたいなむず痒さ。空気をぜんぶ追い出そうとする、ずっと奥まで繋がっていたいと思う、これは僕の意思? ううん、僕の内壁からだの意志だ。

 これが快楽だと知ったのはニ年前、僕の十七回目の冬。

 あたまがおかしくなりそうだよ。

 ううん、とっくにおかしいの。最初から。


 呼吸のバブルが僕のおなかでスキップしてる。そのたびに目の前がふわふわ、ちかちか。

 無重量ゼロの空間に吸い込まれそうで吸い込まれてくれない、いじわるな僕の宇宙。

 彼に合わせていたほうが楽だけど、気を抜くと、月の果てまで飛んでいってしまいそうになるから気をつけなきゃね。

 宇宙服どころか僕はハダカ。ねえ、酸素ボンベがほしいよ、苦しい。

 たまらず彼の首筋に噛みついた僕は、ドーベルマンを食べる白ウサギ。大型犬おとなからしたら小動物こども並みだって、この頃にはだれもが忘れてしまうんだ。

 年齢も性別も外見も違うのに、僕の前ではだれもがおなじに変身する。おもちゃをもらって、あるいはエサを、よだれを垂らして、うれしそうに夢中でむさぼるおきゃくさま

 でもそろそろ飽きてきた。

 この人、いつもまえおきが長いんだもん。

 そう思った時に彼がんんんと呻いて、僕の意識は一瞬だけホワイトアウトした。

 さよなら、宇宙。またね、僕。


 彼が僕のとなりに倒れこむと、褒めたたえるかのようにに赤い花びらが舞い上がる。この人の飼い慣らされたような、こういうところはすきだ。野犬はしばしば眠気に負けて僕を押し潰すから。

 枕、どこにやったっけ? このまま眠ろうかな。

 耳元で彼がなにか囁いたけどききとれなかった。

 しわくちゃになったシーツには、枕なんてどこにも見当たらない代わりに、なにがなんだかよくわからない染みがたくさん。

 

 彼と僕がいっしょに撒いた白い潤液みずで、僕が咲かせた真っ赤な花びら。

 僕が、なのかどうかは、知らないけれど。ウサギからお花が咲くわけない、そんなの僕でもしってるから。

 だけど白ウサギの眼は赤いんだ。だから、僕から咲いても、ふしぎじゃない。


 僕の目かもしれないそれをぼんやり眺めて、背中にくさい吐息とあつい汗を感じて、僕は僕の意識を閉じた。

 明日の相手は誰だっけ、そんなことが頭の隅っこを横切っていった。


 

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