5.天才の解読談義

 朝になって、志乃しのさんが先日殺した小野寺おのでら浩一こういちのニュースがやっていた。死因は何らかの中毒症状ではないかとされているが、断定はできずに究明中らしい。彼女が言っていた通り、自宅を捜索すると、数々の余罪が発覚したとのこと。案の定、彼を殺した犯人の手がかりはなく、捜査は難航しているそうだ。

 そういえばこの時は、予告状を出さなかったのか。全てが全て、予告状を出しているというわけでもないとすれば、実は未解決事件の一部は“トリカゴ”の仕業だったりするのだろうか。



 登校して教室に入るや否や、僕の机に大城おおしろくんがやってきた。志乃さんの暗号が解けたのだろうか。


上杉うえすぎ君、おはよう。早速、昨日の件だが……」


 警察にも届け出ているからか、昨日とは打って変わって大っぴらに話をされる。もはや隠す必要もないと考えたのだろう。


「一部だけだが、暗号を解読した」


「本当に!? すごいね……」


 一部だけとは言え、たった一晩で暗号を解読し始めるなんて、さすがは天才高校生探偵としか言いようがない。しかしすごいという正直な感想と、志乃さんの暗号がいとも簡単に看破されてしまうのではないかという不安が入り混じり、胸中は少しだけ複雑だった。


「前半の部分は審言しんげんの“雲浄くして妖星落ち 秋高くして塞馬さいば肥ゆ”から来ているんだろう」


「何か、秋の手紙の挨拶にあるやつだよね」


「そう。だからこれは秋に置き換えて考えるんだ。秋に天高く昇る馬と言えば、ペガスス座。そして秋の一つ星、すなわち一等星はただ一つ、みなみのうお座のフォーマルハウトだけなんだ。この暗号の文言では、“天高く馬肥ゆる朝”となっているだろう? つまりぺガスス座が朝に天高く、それこそ天頂付近に位置するのはちょうど今の時期なんだ」


 まあ、秋に行う犯行予告を今から出すとも思えないけれど、予告暗号の前半丸々を、そんなわかりきったことに使うのだろうか。志乃さんが考えた暗号が、そんな想像の延長線のような単純なものなのだろうか。これは僕が志乃さんを高く評価しすぎているのか? それともあまりにも早く答えを導き出した大城くんに恐れを感じているのだろうか。

 そうは思いはしたが、大城くんも当然それは考えたようで、それだけではないのだと念を押してきた。


「この暗号、漢詩の書き下し文みたいになっているだろう? 漢字にすれば、一行が五文字で四行……五言絶句ごごんぜっくだ。漢詩は表現技法を使って短い中にたくさんの意味を詰め込む。だから今の表面的な意味の他に、別の意味も当然含まれているんだよ」


「じゃあ、この前半は犯行時期が今ぐらいの時期ってこと以外にも、情報が詰まってるってこと?」


「そう。“トリカゴ”に無駄はない。恐らく犯行時刻、場所、標的、犯行の手口に関する情報まで全てが入っているはずだ。一つひとつ、全ての語が条件を絞り込むのに必要な語だ。だからこそ、全てに該当する条件が必ず一つに決まる。毎度敵ながら天晴だよ」


 なるほど、やっぱり志乃さんはすごいのか。そしてそれをたったの一晩で解き明かしかけている大城くんもすごい、と。結局一回りしてしまった。


「後半の“花嫁”はジューンブライドを想起させるから、この六月中で間違いない。そして犯行時刻はここにある通り、朝。それも、ペガスス座が南中するほどの時刻から、フォーマルハウトが沈むまでの時間帯。となると、早朝から午前半ばにかけて、くらいだな。具体的な日時はまだはっきりしないが、候補日の絶対条件としては、晴れている日。“雲浄くして”とあるのもそうだが、“天高くして”や“一つ星落つ”などと露骨に空に関する情報を入れているから条件としては間違いないだろう」


 今日は六月五日。まだ六月は二十五日もある。しかし梅雨の時期にも差しかかり、晴れの日は数えるほどに少なくなってくる。そうなると、自然に犯行日は絞り出せるのかもしれない。


「秋の一等星・フォーマルハウトは南の空の低いところに見える星だ。光害の問題は別にして、観測するなら南の地平線が理想的。それも、“雲浄くして一つ星落つ”――沈むところを見るとなれば尚更な」


「地平線ってことは、水平線……? あ、太平洋側ってこと?」


「そう。太平洋の海岸沿いが犯行場所だ。これも暗号を紐解いていけばもっと絞り込めるはず」


 “トリカゴ”が予告状を出して、その通りに運ばずに失敗したことはないらしい。もし大城おおしろくんが“トリカゴ”を止めることができたなら、彼は本物の天才だと証明したようなものだ。大城くんの解読結果を聞いていると、彼なら本当に“トリカゴ”を止められそうで、少しワクワクしている自分もいた。

 でも、“トリカゴ”が――志乃しのさんが負けるのは嫌だ。志乃さんの負けは、志乃さんが捕まることを意味する。それだけは絶対に嫌だ。だから大城くんには悪いけれど、暗号を完全解明してほしくないと思ってしまった。


「ただ、後半の部分がまだ全然ピンと来なくてな。恐らくこっちを読み解ければ他も見えてくると思うんだが……。まあいずれにしても、心配するな。この俺が必ず解いて、犯行を止めてみせる」


「なんて言ってるけど、あんまり過信しないでね。頭はいいかもしれないけど、肝心のところでポカするからさ、こいつ」


 話を聞いていたのか、前の席の高水たかみさんが振り返って話に入ってきた。確か二人は幼馴染みだと聞く。彼のことはよく知っているのだろう。


「何も難しいことじゃないだろ。標的と犯行日さえ絞れば、あとはその一日中標的を守り切れば俺の勝ちなんだからな」


「ほら出た。勝つとか負けるとか、探偵ってもっと理知的なもんじゃないの?」


「お前は創作の探偵に影響され過ぎだ。実際の探偵はもっと地味で地道だし、そもそもそんな凶悪な事件にポンポン出会うわけじゃない。だからこそ、こんな一大事件に関われたら、胸の高鳴りが抑えられなくたって仕方ないだろう?」


 高水さんの意見は実際問題どうこうっていうより、探偵としての心構えのようなものを説いているような気がするけれど。逆に、大城くんとしてはその負けず嫌いが推理に影響しているのかもしれない。犯人の手口がわからなかったり、犯人の思い通りにさせてしまったり、そういった状況は探偵として負けたと感じるのだろう。


「それでも、解読が早いに越したことはないな。再来週には梅雨も明けるし、今週末は晴れだしな。関西の方はもう少し雨間が続くとは言え、最短日だったなら、猶予はあまりない。いや、朝方が晴れているという条件なら、もっと早くもありえるか……」


 ……ちょっと待て。再来週に梅雨が明けるとか、今週末が晴れるとか、関西はもう少し雨が続くとか、どうしてそう断言できるんだ? 天気予報だって、特に雨の場合は自信無さげにざっくりとしか公表しないのに。


「晴れの日が増えてくると、犯行日も特定できなくなってくるね。せめて日にちだけでも特定できればね」


 高水さんも当然のように受け入れている。幼馴染みだから、彼の超人的な予知にも届く思考力に疑問も持たないのだろうか。

 志乃さんの方も、この先の天気を考慮に入れて暗号を書いたのだろうか。だとすれば、志乃さんの頭脳もスーパーコンピュータ相当じゃないか。こうも周りに天才がいると、僕の価値観がおかしくなってくる。僕の住んでいた世界はこんなところじゃなかったはずなのに。


「この“白き花嫁”って、“花嫁”じゃなくて、“白き花”と“嫁”で切ったら、何か意味通ったりしないかな」


 思いついたことを、ふと口に出してみた。すると大城くんは、何かぶつぶつ呟きながら考え始めた。


「たしかに、花嫁である必要はない、か。“白き花”、“嫁の守り”、“四の誓約”……。花言葉か!」


「白い花って結構たくさんあると思うけど……」


「シロツメクサだ」


 高水さんのツッコミも即座に一蹴するほど、彼は何かピンと閃いたらしい。


「シロツメクサはブライダルブーケにも使われることが多い花だ。花嫁とも関連する。その名前の由来は、かつて緩衝材代わりに詰められていたことから来ている。これは白き花嫁の守りと合致する。そしてシロツメクサの四つ葉の花言葉は……“復讐”だ」


 シロツメクサはクローバーとも呼ばれる植物だ。四つ葉のクローバーは幸運の証だとよく言われるけれど、そんな花言葉もあったのか。


 僕のふとした言葉で閃いたためか、でかした、と大城くんに褒め称えられるが、僕はあまり腑に落ちていなかった。

 確かに意味は通っているが、大城くんの解読はどれも表面的なものばかりだ。ここから志乃さんの犯行を特定できるとは思えない。何より志乃さんの暗号がそんな平易なものとも思えない。


 大城くんが天才なのは間違いないのだと思うけれど、それは僕たちの中では抜きんでているというだけだ。もっと本物の、手の届かないような圧倒的な天才には到底及ばない。

 そう思ってしまうのは、恋人贔屓なのだろうか。

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