2-5.

 途中、商店街の一角で榛久はるひさは立ち止まり、慣れたようにカウンターの向こうのおばちゃんに何やら注文を出す。代金と引き換えに品物を受け取った彼は、二つのうち一つを彼女に差し出した。


「ここのメンチカツ、美味しいって評判なんだよ。所謂、名物ってやつかな」


「ホント、いい匂いする。ありがとう」


「気にしないで。そろそろ何か食べとかないと、眠くなってきちゃうでしょ?」


 まるで心の中を読まれたみたいに、科乃しなのの望みを見事に叶えた行動に、その一言で納得がいった。恐らく彼も、自分と同じで燃費が悪いのだろう。今日は散々嫌がらせをしてしまった手前、科乃は彼に余計なエネルギーを使わせて申し訳ないとも思ったのだった。

 そんな時、不意に背後から声を掛けられた。


「あれ、牧野まきのくん。と……新崎にいざきさん?」


「あ、えっと……喜多方きたかたさん。こんばんわ」


 声の主に振り返れば、同じクラスの喜多方鼓春こはるだった。彼女は生徒会の副会長で、クラスでもまとめ役を買って出ているだけあって、科乃も印象に残っていた。

 しかし榛久は、あんまり見られたくないところを見られてしまったというように立ち尽くしてしまう。


「二人は帰る方向一緒なの? 確か、片倉かたくらさんたちが新崎さんの歓迎会をしてくれたのよね?」


 榛久は誤魔化そうとも思ったが、どうせ明日には広められてしまうだろうし、観念して話すことにした。


「……実は、新崎さんと、その……付き合うことになったんだ」


「えっ?! 随分と急ね。まあ、おめでとう、と言えばいいのかな」


「すごく情熱的な告白で、思わず……」


「余計なことは言わなくていいんだって!」


 赤くなって慌てる榛久に、微笑ましそうな様子で鼓春は優しく忠告する。学校外でも、彼女の委員長気質は変わらないらしい。


「浮かれる気持ちもわからなくはないけど、夜遊びはほどほどにね」


 それだけ言い残して、彼女もメンチカツを購入し、去っていった。


「……僕たちも帰ろうか」


「うん。じゃあ、また明日」


「ああ、うん。……また、明日」


 彼の背中が見えなくなるまで見送って、科乃は坂詰さかつめ刑事に連絡を取る。しばらくの間、彼が彼女の担当の刑事となり、護衛から雑用まで、彼女の言いつけを何なりとこなすことになっている。


「どこ行ってたんですか! あんたに何かあったら俺の責任になるんですから、少しはこっちの苦労も考えてくださいよ」


 迎えに着くなり文句を喚き散らす坂詰刑事に、科乃は素直に頭を下げた。勝手な行動を取ってしまったことは事実であり、恐らく、坂詰刑事も気が気でなかったのだろうと思うと、本当に申し訳ない気持ちも少なからずあった。


「すみませんでした。でも、おかげさまで色んな発見がありましたから。……少しは退屈しなくて済みそうです」


「まあ、捜査の方が順調そうならいいですけど……」


 車に乗り込んだ科乃は、ふと、制服のポケットが気になり手を突っ込んでみる。と、異質な手触り。硬くて、四角い。


(……SDカード? どうしてこんなのものが、わたしのポケットに……?)


 その中身は見なくとも、誰が何のために仕込んだものなのか、彼女には見当がついていた。そしてそれを考えると、ある恐ろしい可能性に行きついてしまう。


(今日は朝からずっと、制服のブレザーを脱がなかった。そのポケットにこれが入っているということは、これを入れた人物に、わたしは直接会っているということ。一体どこの誰? 大量殺人予告犯の正体は……)


 何より、こんなものをポケットに入れられたことに気付けなかったという失態に、拭いようのない悔しさを感じていた。


 念のため、科乃はホテルに戻った後、坂詰刑事にこのSDカードを警察庁まで移送し、SIRに解析を依頼するように頼んだ。何かよくないものが仕込んであるかもしれない。迂闊に開くわけにもいかないので、解析はつかさに任せることにしたのだ。


 シャワーを浴びてベッドに倒れ込むと、司からメッセージが届いていたのに気が付いた。解析の結果が出たらしく、早速内容を確認していく。

 SDカードの中にあったのは、簡素なテキストファイルが一つだけ。ウイルスの類も検出されず、開いてみると、やはり武蔵野署に届いた予告状に酷似した文章が記されていた。



 * * * *



 愚かなる警察諸君へ


 本日、六月七日付けで、北上高校の生徒数が八七四名になったため、勝手ながら殺害対象を全校生徒八七四名へと変更する。また、その内三名は六月三日に既に殺害してしまったため、正確には七月二十五日に八七一名を殺害するという予告になることを、改めてここに通達する。


 既に各種の対応策を実施していることが見て取れ、君たちの迅速な対応に期待を感じさせられる。


 警察諸君の健闘に、今後も退屈しない展開を期待している。



 * * * *



 司からのメッセージを確認した科乃は、すぐに硝磨に電話を掛ける。今日の報告も兼ねて、ついでに話したいこともあった。


『科乃か。この文章からすると、犯人は既に、お前が警察関係者だということに気付いているんだろう。もしかすれば、お前がSIRの構成員であることにも気付いたかもしれない。その上で、お前も殺害対象に入れた。そして、直接お前のポケットにSDカードを忍ばせるという、大胆な行動に出た。ただの愉快犯とは考えにくい。くれぐれも、油断するなよ?』


「まあ、このタイミングで編入してくるとなると……ねえ。油断はしてないつもりだよ。でも、気付けなかったのは本当だし、それに関しては面目ないと思ってる。そこで一つ提案というか、お願いというか、報告というか、なんだけど……」


 ほぼほぼ事後報告になってしまっていることに後ろめたさを感じ、科乃は言葉を濁しながら彼の機嫌を窺う。


『何かあったのか?』


「現場の判断で捜査協力者を得てもいい? もちろん、守秘義務は課すよ。危険なことも説明はする」


『……お前、そこまで追い詰められてるのか?』


 硝磨にしてみれば、彼女を単身で潜入させたのも、彼女一人でも充分に捜査を全うできると判断したからだった。しかしながら、実際には彼女は犯人に出し抜かれ、挑発とも言える行為を受けた。とは言え、彼女にとって外の捜査は初めてのことで、慣れないこともあるということも、充分に理解できた。


『いいだろう。捜査協力者について、後で情報をくれ。こっちで身辺調査に当たってみる。万が一、そいつが犯人という可能性もあるからな』


「うん。実は、それをぜひお願いしたかったの」


『どういうことだ?』


 科乃は、捜査協力者として考えている者に、牧野榛久の名を挙げ、彼が“スクール”の出身者であることを話した。SIR以外にも、犯行現場となりうる場所に精通した“スクール”の出身者を味方にできるのは心強いことこの上ないが、硝磨の言う通り、彼が犯人でないとも断言できない。むしろ、その可能性は大いにあるだろうと、科乃は考えていたのだ。


『一つ、聞いてもいいか?』


「なに?」


『彼がお前の“キョウダイ”であるというのは、お前は彼を前から知っていたからか?』


 硝磨は科乃が“スクール”における最終個体だと思っていたため、彼女より年下の個体がいたことに驚いたのだ。


「いや、知らなかったよ。面識もない、と思う。だけど、わたしよりも年下、つまり後に造られた素体って、脳力の部分はわたしと同じ遺伝子配列なんだよ。そして、わたしと同じ訓練を受けている。あんまり言いたくないんだけど、わたしを“最高傑作”として成功させたことで、その後の素体はわたしのバックアップ用として育てられていたの」


『もし、お前が死んだりした時のためにってことか?』


「ううん。わたしが死なないようにするために、ってこと。わたしの腕がなくなれば、彼らの腕をわたしにくっつける。わたしの心臓が止まったら、彼らの心臓をわたしに移植する。わたしの脳さえ無事なら、あとの部分は替えが利くってことだよ。そのためのバックアップ個体。でもそれも、そう多くはいなくて、途中で死んでしまったり、廃棄されたりして、結局最後まで残っていたのはわたしだけだったけど。そういう意味では、わたしが“スクール”の最終ロットで間違ってはいないけどね」


 最も長く“スクール”にいただけあって、硝磨や司、玲桜れおでも知らないような情報を、彼女は知っている。多くのことを知っているからこそ、今回彼女が榛久を最も犯人だと疑い、彼を味方に引き入れたいと思っていたのだった。


『そうなると、彼はお前と同等の脳力を有していると考えていいのか?』


「厳密には、長く訓練を受け続けたわたしの方が優れているとは思うけど、素質としては同じものを持っているのは間違いないね」


『わかった。協力者の件は、お前に一任する。ただ、オレも上への報告もあるから、こちらへの報告は怠らないようにしてくれ』


「りょーかい。じゃあ、また何かあったら連絡するよ」


 科乃はそれだけ言って通話を切った。彼氏ができたことは報告しなかった。報告すれば、自分の仕事を理解しているのかとお叱りを受けるだろうことがわかっていたからだ。当然、仕事のことはわかっているし、この恋人関係というのも捜査に当たって必要なことでもある。しかし、私的な事情も含んでいることは否めなく、彼女にしてみれば後ろめたさもあったのだった。

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SIR ― 造られた天才たち ― 斎花 @Alstria_Sophiland

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