1-9.

「というのが、“最高傑作”の見解なのね」


 玲桜れおがさも自分の考えのように述べても、それが科乃しなのが導き出した答えであることに、常塚つねづかは気付いているようだった。


「……そうよ。そして、あなたとあなたに殺された犯人たちの軌跡を辿って突き止めたのが、木崎きざき彪雅ひゅうが。今は彼の生活圏から範囲を限定して、犯行現場を推測してるわ。あなたなしでは高度な犯行は難しく、見知らぬ土地での犯行も難しいだろうと考えてのことよ」


 玲桜が披露した科乃の推理を嘲笑うかのように、常塚はわざと音を立てて拍手してみせる。


「ふふふ、素晴らしいわ。すべて見抜かれているのね。さすがは“最高傑作”。本当に恐るべき脳力ね。だけど、だからこそ、私は“最高傑作”を出し抜いてみたかった」


「何ですって……?」


「確かに私は、あなたたちが考えたとおりのことを考えた。そして、それ以上の策を考え付かなかった。これが最善だと思った。だけど、だからこそ、それを読まれると思った。その上で出し抜くにはどうしたらいいかって、もう必死で考えたものよ。最高の嫌がらせができたなら本望。それだけでも目的はほぼ達成できたようなものだわ」


 表には出さないようにしていても、ほんの一瞬だけ玲桜が見せた動揺を、常塚は見逃さなかった。玲桜と同じ技術を身に付けている彼女だからこそ、幼少期から長い時間を共に過ごした彼女だからこそ、気付き得た変化だった。


「それに、私が正直に話したとして、あなたはそれを信じられる? いいえ、信じられないでしょうね。だからそういう腹の探り合いは無しにして、交渉をしたいのよ」


「犯行の中止と、あなたの解放、ね。それで釣り合うと思うの?」


「ええ、充分に。ああ、もう一つ、言い忘れていたわ。もし、あなたたち警察が彼の犯行を止められなかったら、私は今後一切を黙秘するわ。だから、精々頑張ることね」


 その言葉を最後に、常塚は一切の質問に応じなくなった。ただ、交渉に応じるなら話を聞く、とだけ。やむなくして、玲桜はその一部始終を科乃に伝えると、科乃からは意外な言葉が返ってきた。


『レオ、もし、わたしたちが犯行前に犯人を捕まえたら、すべて話すように約束させておいてね』


「犯行、止められるの?」


『言ったでしょ。心配いらないって。まったく、わたしを誰だと思ってるの? レオのおかげで、重大な見落としに気付いたよ。だからそこを修正して、絶対に止めてみせる』


「わかった。……ホント、頼りになるね、しなのん」


 同じ“スクール”出身者で、同じSIRの一員。それなのに、こうも違うのかと、玲桜は自分の無力さを痛感してしまう。SIRの四人の中でも玲桜は最も“スクール”にいた期間が短いとはいえ、今回の事件で自分がいかに役に立たなかったかを考えると、情けなくて仕方なかった。科乃の期待に応えられるくらい、もっと成果を上げられると思っていたのだ。



 * * * *



 ――同日、午後七時頃。


「室長、盲点だったよ。木崎彪雅はまだ殺人を犯していない。だから、犯行前の現場付近で持ち物を調べて例の凶器、家庭用の調理包丁が出れば、それで銃刀法違反で引っ張ってこれる。そう思ってたんだけど、レオの話を聞いて、それで引っ張ってこれない場合が一つだけあったことに気付いたんだよ。何だかわかる?」


「犯行前に購入した場合か? 買ってきて持って帰るところだと言われれば、正当な理由として見逃さざるを得ない」


 科乃の質問に対する硝磨しょうまの答えに、綾希子あきこが手元の資料を見返しながら疑問を呈する。


「それなんですけど、凶器って、すべての事件で同一の物を常塚が仕入れてるって話でしたよね? 今は常塚は拘留されてますし、どうやって手配するんですか?」


「常塚が別の誰かに仕入れを依頼しているとか。もしくは、実際にはどこにでも売っているようなものだとか」


 硝磨の考察も空しく、科乃は力なく首を振った。


「残念だけど、綾希子の言う通り、今回も例外なく常塚が事前に仕入れていると思うよ。むしろ、常塚以外を信用できないような精神状態になっているんじゃないかとすら思えるからね。まあ、それも偏に常塚が“母親”になるために手間をかけて信用させた副作用、といったところかな。それで、肝心の問題だけど、彼の自宅が犯行現場だった場合だよ」


「そうか、自宅なら包丁があっても不自然ではない。それを理由に拘束することはできない。だが、今まで犯行現場が犯人の自宅だったことはなかったはずだ。大抵は公園か、被害者の自宅……」


 そこまで言いかけて硝磨は何かに気付いたようで、科乃に視線を移すと、不敵な笑みを浮かべる彼女の視線と交わった。


「そう、犯人の自宅であり、被害者の自宅だよ。常塚は突然やり方を変えるようなことはしないはず。さっきも言ったけど、それで上手くいってるからね。それに、いくらマインドコントロールをかけていても、説得力の薄い言動は通じにくい。これまでの犯行でも、犯人自身には少なからず抵抗があったはず。人を殺すことより、殺した後、自分が捕まったりしないかって。でもその心配を、常塚が後処理をすることで拭い去った。そして最終的に、常塚に殺害されることにより、逮捕されることなく逃げ切ったことになる。だけど今回自宅で殺害した場合、常塚は拘留中で後処理ができない。木崎は駆けつけた警察に捕まってしまう、という不安要素が発生する。それを解消する方法として最も有効だったのが、自身を殺害するということだよ」


「そうか……それなら“母親”の期待する“殺人”も成立し、なおかつ自身が死亡することで逮捕されることなく逃げ切れる。これまでの事件を短縮したようなことが起こるわけか」


 ここまで難解で異常な事件を追っていると、今更その思考の異常性に悲観してなどいられないのだが、やはり綾希子には胸を抉られるような悲しみが込み上げてくるのだった。命というものを軽々しく扱う犯人たちの身勝手さに憤りすら感じていた。


「だが、自殺となると……難しいな」


「そうなんだよね。罪には問えないし、保護するとしても、まだ何もしてないのにってなっちゃうし。やっぱ常塚の件で事情聴取として引っ張ってくるしかないかなぁ」


「逮捕状を取るには、事件に関与している証拠が少ないしな……」


 逮捕状のない現状では、事件発生の直前に現行犯として捕えるしかなかった。だが、現場が自宅ともなれば、いつ事件が起こるのか確認するのは難しい。令状がなければ、事件発生の前に自宅内へ強行的に突入することもできない。そうなると、事件が起こる前に確保するという前提を崩す外なくなってくる。これこそが、常塚の考えた最高の嫌がらせだった。


「せめていつが決行日なのか、それだけでもわかればなぁ……」


「それがわかれば、どうにかできるんですか?」


 唸るように呟いた科乃に、綾希子が尋ねた。


「まあ、苦しい手だけどね。結局、木崎は常塚の命で動いてる。その指示は絶対で、失敗は許されない。その縛りが“何月何日何時に、自宅で指定の包丁で頸動脈を切って死ぬこと”だとすれば、その縛りに含まれる条件のどれかを達成できなくさせればいいだけなんだよ」


「あ、例えば、自宅の外に連れ出すだけでも、“自宅で”という指示に背いたことになるってわけですね」


 そういうこと、と科乃は頷いてみせても、肝心の決行日時をどうやっても割り出せない以上、何らかの手立てを打たなければならない。そう感じていた。

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