1-8.
「だいぶ絞れたけど、これでもまだ十六件かー。もうちょい絞りたいなぁ」
「いや、これでも充分だ。ちなみに、この推測の精度はどのくらいだ?」
一四〇〇万人が十六人になったと考えれば、相当な成果と言えるだろう。ただ、これは
「かなり高いと思って期待してくれていいよ」
「お前がそう考える根拠は?」
「今回も同じ手口で来ると考える根拠はいくつかあるよ。まず、同じやり方でこれまでに成功していること。犯人に対するマインドコントロールもそうだけど、警察の捜査力に勝っているという点もそう。今回だって、わたし達は
「“息子”である犯人は“母親”である常塚に逆らえない。そして、彼女の期待に応えようとする。失敗は許されない。だから警察に追われていることがわかっても、臆して予定を変更するということはあり得ない。犯行そのものも、すべて常塚の指示通り行われる。つまり、そこに犯人の意思は介在しない、といったところか?」
「そういうこと。だから常塚の考えだけ読めばいいんだよ。常塚の考えは、さっき言った通り」
「いいだろう。賭けとしては充分に勝算はあると考える。その方向で、
映太が白鷺局長に電話を掛けると、
「あのぅ……、科乃さんって、何でそんなにわかっちゃうんですか?」
このやり取りを傍から見ている彼女からすれば、その疑問も至極当然のことだった。SIRで唯一“スクール”の出身ではない綾希子は、彼女らの話についていけないどころか、なぜ彼女が少ない証拠でそこまでのことを突き止めたのか、自分と彼女とでは何がそんなに違うのか、甚だ疑問に思えて仕方ないのだ。
「わかっちゃうっていうより、限られた証拠から状況を推測して、あらゆる可能性を考える。その中から現実的な可能性の組み合わせを考えて、後はその裏付けとして、捜査しながら証拠が見つかれば、合ってたんだなって次に進める。その繰り返しだよ。だからやってること自体は、普通に他の警察と同じ。たぶんだけど、わたしたちはその状況の推測と可能性の検討の部分で、普通の人たちとは異なる思考を持ってるんだと思う」
「異なる思考、ですか……」
「もっと極端な話をするとね、推理みたいなものも、人工知能やスーパーコンピュータに任せられれば、きっともっと効率的で早く正確な答えが見つかると思わない?」
科乃の仮説には一理あると思ったものの、綾希子はその仮説の問題点に気付き、恐れ多くも彼女に異議を唱えてみた。
「でも、人工知能やスーパーコンピュータでは、複雑な人間社会における理解に乏しく、現実的ではないと……あっ」
「そういうこと。“スクール”が目指した“天才”っていうのは、人間社会の問題に特化したスーパーコンピュータ。わたしたちは大前提として、人として造られていないし、人として育てられていないんだよ。だから、綾希子が自分との違いや能力の差に劣等感を感じなくていいんだよ。わたしたちは人ではない、何て言うかな、人間社会に適応した生き字引、とでも呼ばれるような存在なんだから」
胸のつっかえが取れたような、悪い意味で溜飲が下がったような気がした。
彼女たちの扱いは、明らかに人権を無視している部分がある。彼女たちもそれを受け入れてしまっているから問題になっていないものの、上層部は彼女たちを道具として見ていると言わざるを得ない。それを思えば、綾希子は自分が彼女たちの理解者にはなれなくても、せめて味方で居続けることが、このSIRでの自分なりの役割なのではないかと思うのだった。
「……でも私は、皆さんのこと、大切な仲間だと思ってますからね」
「……ありがとう、綾希子」
* * * *
目黒署の刑事に代わり、玲桜はマジックミラー越しに常塚と対話する。
「常塚明日翔、質問に答えなさい。木崎彪雅という人物に心当りは?」
「その声は、玲桜さん? あらあら、お久しぶりじゃない」
玲桜の強い口調にも怯むことなく、常塚はわざとらしく大袈裟に反応してみせる。
「まず質問に答えなさい」
「う~ん、そうねぇ……うん、知ってるわ」
一つの事実確認が取れたところで、玲桜はさらに質問を続ける。
「木崎彪雅が、あなたの言う、これから解き放たれる殺人鬼ってことでいいのね?」
「それはどうかわからないわ」
「とぼけてもムダよ。あなたもわかってるでしょ? こっちには、あの“最高傑作”がいるのよ?」
「あはは、そうね。じゃあ、面倒な駆け引きはなしにしましょうよ。私とあなたの仲じゃない」
「なら、さっさとあなたの知っていることをすべて話しなさい」
どうにかいなそうとしても、彼女が折れる様子はないと悟った常塚は、観念したように話を始めた。
「私はただ、愛を知りたかった。愛したかっただけなの。それでも、私のしたことはいけないことなの?」
「当たり前でしょ。あなたの願望が何だって知ったことじゃない。この国には法律というルールがあって、それを破れば相応の罰則を受けるのは当然だと思わない?」
「そのルールから外れた存在の私たちにも、その言い分は通るのかしら?」
「あなたの戸籍や国籍は関係ないわ。この国にいる以上、この国のルールを守るのは当然よ。……どんな生い立ちであったとしてもね」
「それをおかしいとは思わない? 私が育てた子たちもそうだけど、私たちが歪んでしまったのは、私たちがいけないのかしら。ルールから外れた行いをしてしまうのは、私たちにすべての責任があるというの?」
苦しいことを言われ、玲桜は一瞬 言葉に詰まる。彼女の言葉を完全に否定できるわけではない。正しくあると思う部分すらある。それでも自分の立場は警察で、彼女は犯罪者。彼女のしたことは間違いなく罪で、裁かれるべきことなのだ。そう言い聞かせるように、玲桜は言葉で守りを固めていく。あまり不用意に攻め込まれると、自分の考えの方が揺らいでしまいそうだった。それが彼女の狙いでもあり、それだけのことができる能力を彼女が有しているということを、誰でもない玲桜自身が何よりわかっていた。
「おかしいとか、おかしくないとかは問題じゃないわ。この国には法律があって、それを破れば罰せられる。この話はそれ以上でもそれ以下でもないわ」
「……つまんないの」
「……卵巣を集めて何がしたかったの?」
玲桜がいきなり本題に入ると、常塚は挑発するようにニヤリと微笑んだ。
「私たちがどうやって生まれたか、わかるでしょ? そういうことよ」
「具体的に答えて」
具体的な話など、本当は聞きたくもない。思い出したくもない記憶を呼び起こしてしまうから。だが、玲桜は聞かなければならない。自身の立場を考えれば、仲間たちの身のことを思えば、知らなければならないと、そう思った。
「いやねぇ。“キョウダイ”なんだから、はっきり言わなくてもわかると思ったのに。まあ、若い卵子は使い道が色々あるってことよ」
「あなたの背後にいるのは誰なの?」
「え、後ろに誰かいる? 脅かさないでよぉ、まったく」
これまで概ね真面目に受け答えしていた常塚があからさまにとぼけたことに、玲桜は違和感を覚える。彼女と同じ訓練を受けてきた自分には、そんな低レベルな誤魔化しは通用しない。それはわかっているはずだ。それなのに、そうやって話を逸らそうとするのは何が目的なのだろう。
「とぼけないで答えなさい」
「さっきも言ったでしょ。……私たちがどうやって生まれたか。そういうことなのよ」
「まさか……“スクール”の再来だって言うの? “最高傑作”じゃ物足りないってこと?」
「さあ? 詳しくは私も知らないわ」
事件の裏側にある事実も知りたいが、今優先すべきはこれから起こる事件。科乃の助けになるかもしれない有益な情報を聞き出すことだ。玲桜は背後にいる存在は後回しにして、話を戻す。
「まあ、いいわ。この件については後日改めて、詳しく聞かせてもらいます。今はそれよりも、これから起きる事件の話よ。あなたは、母親という存在の欠けた男たちを言葉巧みに操り、卵巣を採取するために若い女性を殺害させた。それは認めるわね?」
「ええ。可哀そうな彼らに、私が母の愛を与えたのよ。彼らの記憶にある母親の姿を読み取って、その姿を重ねた女を殺すことによって、彼らの中で私こそが本物の母となったの。存在の成り代わりね。あなたもできるでしょう?」
「できることと、実際にやることは別物よ。だから今回あなたが解き放とうとしている殺人鬼も、殺害対象は若い女性であることはほぼ間違いない。あなたが言うように、老若男女の誰しもが対象になり得るということはあり得ない」
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