1-7.
* * * *
「
通話を切って、路脇の排水溝へスマートフォンを落とす。これで壊れてしまうかどうかはわからない。でも、見つからないようにするのが目的だから、壊れても壊れなくても構わない。
感激しちゃう。こんなに早く見つかっちゃうなんて。ちょっと油断してたかな。いや、大丈夫。これくらいは想定内。
すると、スーツ姿の中年の男二人組が声を掛けてくる。愚かなものね。身分証を提示されなくても、恰好でわかってしまうもの。こんなところでスーツ姿で出歩いているなんて、怪しいにもほどがある。ましてや、心当りのある者から見れば、その素性はおのずと導き出される。
「すみませーん、
警察というのは、愚かなものだ。
* * * *
――同日、午後四時頃。
「常塚
玲桜には事情聴取の立ち合いが許可されている。それに相手は“スクール”時代の“キョウダイ”だ。彼女を向かわせる方が、取り調べにおいて実りのある結果が期待できると、
「そうねぇ……うん、行ってくる」
少し悩んだ様子ではあったが、行かないよりは行った方がいいと考えたのか、彼女は渋々といった様子で出ていくことを決断した。
玲桜が出ていくと、現場の
「そうか……。他に気付いた点はあるか?」
『やはり、室内に女性の物と思われる長い髪の毛がありました。照合すれば、これまでの事件の物と同一、ひいては常塚の物であることもわかるはずです。また、浴室が使用された形跡があり、磯島の血液反応が出ました。使用したのは常塚と思われます。その他の痕跡もまだ確認中ですが、今回は以前の事件よりも多く痕跡が残っているように思えます。我々の出動に気付いて、焦っていたのでしょうか』
「気付かれていた、ということか。考えられなくはないが……。こちらもこれから常塚の取り調べだ。何かわかり次第連絡する」
司との通話が切れると、今度は取り調べに立ち会っている玲桜から連絡が入った。硝磨の手が空いていないと見るや、すかさず
「忙しいね~。はいはーい、科乃です」
『あ、しなのん? 今そっちに映像送ったから。見れる?』
「ちょっと待って、確認してみるー」
科乃は司のパソコンを操作し、玲桜から送られてくる映像を壁面の大モニターに映し出した。送られてきているのは、取調室の中のもので、今まさに行われている常塚の取り調べのリアルタイム映像だった。
「見れるよー」
『ちょっと厄介なことになってるから、少し見てくれる?』
わかった、と一度通話を切り、硝磨と
『だから簡単なことですって、刑事さん。私を解放して、この事件のことで私のことはこれ以上捜査しない、この事件のことで私のことを拘束しないと約束してくれれば、私も彼の犯行を止めると約束します。一四〇〇万人の命と私の身柄、どっちを取るんです?』
「……どういうことだ? 一四〇〇万人の命?」
映太の疑問に答えるように、モニターの中の常塚が続ける。
『私の育てた殺人鬼が東京に解き放たれれば、今度はターゲットも若い女性とは限りませんよ? となれば、東京都民の誰が狙われてもおかしくない。でも私は、彼がいつ、どこで、誰を殺すのか、すべて知っています。そう指示しましたから。要は人質ってわけです。東京都民全員が』
「何てことしてくれる……!」
常塚の身柄を確保しても、すべての真実は明らかにならないかもしれない。それでも事件としては終幕するはずだと思っていた誰しもの予想を、常塚は簡単に裏切ってみせた。ただ一人を除いて。
一人落ち着いた様子の科乃は、玲桜に電話を掛ける。まずは玲桜に情報を流すことが最優先だと考えたのだ。
「レオ、心配いらないから、絶対そいつ逃がしちゃダメだよ? わたしの仮説を先にメールで送っとくから、頭に入れといて」
『さっすがしなのん! 頼もしいねぇ。わかった。じゃあ、そっちは頼んだよ』
「うん、任せて。でも、できる限り情報を引き出してくれると、こっちも捗るかなー」
『オッケー。とりあえず映像は流しっぱなしにしとくから、よろしくね』
こうして事件の行方は、“犯人”である常塚明日翔の身柄の確保から、次なる事件を未然に防ぐことへと移行する。
「とは言っても、確定的な情報はまだ少ないんだよねー。常塚の言う、まだ解き放たれていない殺人鬼の身元はこれ。
科乃は手元の缶のビスケットを口に放りながら、手近なところにあった紙にさっと走り書きした。彼女が既に身元を割り出し、この事態を想定していたことに、室内の誰もが言葉を失っていた。
「……お前、それどうやって突き止めたんだ?」
「犯人たちの過去とか調べさせてたでしょ? あれでわかったんだけど、犯人たちはみんな、常塚の勤務先で彼女に出会ってる。常塚はどうやら、所謂“夜のお店”をいくつか掛け持ちしているみたいでね、そこの顧客が彼らだったんだよ。だから逆に、常塚の顧客で四十代前後の無職の男性を絞り込むと、残ったのがこの木崎ってわけ。正確に言えば、この木崎にも幼い頃に虐待にあって施設で暮らしていた過去があって、彼の自宅付近で常塚がレンタカーを借りていたこともわかっているから、この木崎でほぼほぼ間違いないと踏んだんだけど」
身元がわかっても、実際は犯行まで潜伏させるだろうから、居場所までは特定できないんだけどね、と科乃が漏らすと、硝磨が被害者は予想できないのか、と返す。
「うん、今その線で調べてるとこ。室長と綾希子にも手伝ってもらっていい?」
二人が科乃の元へ集まると、科乃は床に拡大した地図を広げて、厚労省の保有するデータベースから入手した、居住者の年齢、性別、関係、就業先をまとめた書類を二人に手渡す。
「これまでの事件は常塚が犯人を手引きしてたけど、今回は犯人自身が現場まで行く必要がある。そうなると、犯行の予想範囲は狭まるわけで、大体三キロ圏内くらいまでに絞ってみたんだよね。これくらいなら、自転車でも行けるだろうし、犯人だって土地勘も利く範囲だと思うんだ。その範囲の住人のデータから、女性、二十代、一人暮らし、または同居人と女性自身との仕事に時間のズレがある世帯を探してほしいの」
「わかった。じゃあオレが性別と年齢を見て、該当すればチェックして回すから、二人は一人暮らしか、一人になる時間がありそうかを確認していってくれ。それでいいか?」
「うん」
恐ろしいほどの早さと正確さでリストに目を走らせ、蛍光ペンで該当箇所に印をつけては完了した紙を科乃と綾希子に回す。彼のその作業スピードは目を見張るものがあり、膨大な数のチェックをものの数十分で終えた。それに続く科乃も、該当するか否かの判断が尋常ではなく早い。綾希子が一枚終えると、科乃は十枚終えていたほどだ。綾希子はつくづく自分の力不足を実感するが、普通の人間では、到底彼らには及ばないのだということも強く感じさせられた。
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