1-6.
――三月十六日、午前九時頃。
気が付くと、
「おはよう、科乃」
「おはよう~……室長」
まだ目が覚めきっていないのか、重そうな瞼を擦りながら書類を受け取った彼女は、寝起きの長い髪をブラシで梳かしながら、ぼんやりとした頭で一通り目を通していく。
「まず、今朝からレンタカー店に顧客情報の開示請求をかけて、当該期間の該当のナンバーの車の貸出記録を照会した。その結果、やはり各店舗で車を借りていたのは同一人物だとわかった。しかし、運転免許証や身分証にあった住所、連絡先、氏名を住民票と照会してみたが、該当なし。これらは偽造されたものである可能性が高い。生年月日も信頼性に欠ける。だが、身分証にて本人確認を行っているため、顔はこの写真のもので間違いないだろう。今、現在貸出中の車の足取りを追っている」
運転免許証のコピーを印刷した書類を見て、科乃は満足そうに微笑んだ。そこに映されていた顔写真は、長い黒髪の若い女性で、顔立ちは
「それがこれ、
「その通りだ。一店目は横浜市
この件に関しては、科乃も思うところがあるようで、これはあとで、と書類の束を脇にどけた。
「あとは……ハッチーがお願いしてた傷口の件、凶器は同一のものと見てほぼ間違いないということなのね」
「ああ。形状からして家庭用の包丁ではないかということで、傷口の一致具合から、同じ製品が使用されているのではないかということだ」
「となると、凶器を仕入れているのもこの常塚ってことかな。あ、わたしがお願いしてた件はどうだった?」
最後の紙を見てみろ、と映太に言われ、紙をめくっていくと、おびただしい情報量のリストが目に入った。
「うわ……すごいね、これ。今度お礼とかしなきゃいけないよ、これは……」
科乃がそう思うほど、細かく調べ上げられた、被害者たちの経歴、人物像、足取り。今までどこで育ちどんな風に生きてきて、どんなことが好きで、どんなところへ通い、どんな人と関わったのか。科乃にとって、これ以上ないくらい満足のいく情報だった。
「わたし、ちょっとこれ分析するから、しばらく放っておいて」
「わかった。手伝いが必要なら呼んでくれ」
しばらく、とは言っても、科乃の頭脳を以ってすれば大した時間はかからないだろうと、硝磨は
「常塚が車を停めました。近くのアパートに入ります。場所は……逗子市
「
硝磨が綾希子に指示を飛ばした。救急も手配させたのは、万が一手遅れだった際に、被害者を死なせないためだ。もし被害者が生きていれば、重要な証人になるし、犯人でもあるのだから、罪を償わせることもできる。
「は、はいっ!」
「硝ちゃん、私も行かせてください。直接現場に行けば、何かわかることがあるかもしれません」
本来なら煩雑な手続きを経なければ、外出許可は下りない。それも偏に、未知数である彼らを野放しにはできないからだ。しかし、状況が状況だけに、映太は室長として、司の申し出をすぐに了承した。
「わかった。行ってこい。手続きはこちらで済ませておく。屋上から自衛隊横須賀基地までヘリで、現場まではそこから車を出してもらうのが一番早いだろう。手配するから準備をして待っててくれ」
「ありがとうございます」
硝磨は直属の上司である刑事局局長、
司が出てしばらくすると、科乃は突然席を立ち、司のパソコンの前に座る。彼が使っていた街頭監視カメラ解析プログラムを使って、何やら調べ始めた。
「しなのん、何調べてるの?」
「“犯人”の拠点だよ。大体の範囲は絞れたから、後は正確な場所を特定するだけ。特定の場所を通過する時間もわかってるから、そんなに時間かからずにわかると思う」
科乃が一人で調べていたのは、犯人たちが“犯人”とどこで知り合ったのかと、“犯人”の拠点の場所だった。“犯人”の拠点の場所は、レンタカーの店舗の所在地から目星をつけていた。
「一日に二店舗から車を借りるのは、自分の拠点の場所を特定されにくくするため。恐らく拠点から公共交通機関を使って現場から少し離れた場所まで行き、そこで車を借りて現場付近まで行くと、一度車を停めて別の車を借り、現場まで行った。帰りも同様。その一店目がすべて東急東横線、それに直通の西武池袋線沿線に集中していることから、“犯人”の拠点はその付近であると推測される。あとは犯行時刻と車を借りた時刻から逆算して、各駅の通過時刻を推定し、駅の監視カメラと照合すれば、どの駅で乗り降りしているかがわかる。そこからの足取りを追えば、特定できるってわけ」
監視カメラというのは意外と様々な場所にあって、駅や大通り、マンションの敷地から大型商業施設、コンビニなどの店舗、タクシーのドライブレコーダーに至るまで、数え上げればキリがない。その一つ一つの映像を繋ぎ合わせていけば、ある程度の区画は常に目が届く状態にあると言っていい。
「よし、捕捉できた。ここからは監視範囲外だけど、そこから先へ出た形跡はない。となると、拠点の場所はこの範囲に絞られるってわけ」
科乃が地図に印をつけた区画はごく狭い範囲で、張り込みをするにも少人数で事足りるほどだった。
「東京都
「あ、やっぱりレオの知り合いだったんだ」
「ええ。アタシのキョウダイよ。同じ心理学系の知識、技術に特化されて育てられた。アタシが出る一年くらい前に廃棄されたって聞いてたけど……」
“スクール”出身者の彼女らに親と呼べる存在はいない。兄弟姉妹という概念もない。ただ、同じ研究者に預けられた検体を、便宜上“キョウダイ”と呼んでいた。
「室長、警視庁から別動隊を借りられる? 張り込みをしてほしいんだけど」
科乃と玲桜の一連のやり取りを聞いていた硝磨は、既に警視庁へ連絡するよう、綾希子へ頼んでいた。
「逮捕状って、取れそう?」
「まだ難しいだろう。証拠が少ないからな。重要参考人として引っ張ってくるか、最悪 任意同行で事情聴取、かな」
司の向かった先で既に事件が起き、常塚が逃走した後だったとしても、拠点に戻ってきた常塚を確保する算段はついた。まさに盤石の体制で、彼らは事の進みを待つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます