1-5.
「
「うーん、嫌なこと聞くね」
少し考え込む科乃の横顔は美しい芸術品のように思われて、最高傑作というのは美貌も含まれているのだろうかと、
「まあ、できると思うよ。すぐには無理だし、まったく同じとはいかないけど。結果として同じ事象を起こすことはできるよ」
「どういうことだ? どの部分は再現できない?」
「そうだねー、まずこの“母親”って部分だけど、ある種のマインドコントロールみたいなものだと思うんだよね。“暗示”とも言うべきかな。それはきっと、被害者になった犯人達も、この“犯人”にとってもキーになる概念なんだと思う。だからわたしがやるなら、わたしのキーになる概念で行うのかな。あとは大体できると思う」
“マインドコントロール”、“暗示”。科乃から出た言葉は、至極当然のことであると思われた。本当の母親ではない相手を“母親”として、本当の母親以上に敬愛し、主従関係を結ぶということは、並大抵では起こりえない。
「マインドコントロールによって幼児退行させることはできるか?」
「あー、なるほどね……。それは専門の人に聞いてみたらいいんじゃないかな」
専門の人、というのが誰を指す言葉なのか、硝磨はすぐにわかった。硝磨たち四人には、特別な手続きを踏めば、この部屋から出ることが許可されている。しかし特例として、
司は“スクール”にて“分析”の手法に関するありとあらゆる知識、技法を習得させられ、自ら解剖にも着手できるほどの技術を身に付けていた。
一方で玲桜は、心理学、話術において特化した訓練を施され、尋問や交渉、洗脳すらできてしまうのだという。最高の遺伝子を持つ者を生み出す研究の過程で、偏った分野に秀でた人材を作り出すのも、“スクール”の研究の一つだったのだ。
「そうだな。じゃあ、先にシャワーを浴びてくることにするよ。その間にお前から玲桜に聞いといてくれないか? どうせ、オレの言わんとしていることはわかってるんだろ?」
「はいはい、わかりましたよー。室長の命令とあれば、仰せのままに」
科乃は使いっ走りにされて、不貞腐れたように口を尖らせ、わざと仰々しく言ってみせる。そんな彼女には目もくれず、硝磨はすたすたと浴室へ向かっていった。
「……無視しなくてもいいじゃん。それにしても、マインドコントロール……。それができるってことは……」
居間に戻った科乃は、すっかり部屋着に着替えてソファでくつろいでいる玲桜に、先ほどの映太の質問をぶつけてみた。
「レオー、マインドコントロールで幼児退行させることはできるかって、室長が言ってたけど、どう?」
「随分急ね……。まぁ、程度にもよるけど、できるよ」
玲桜の返答で自分の考えがほぼ確信になった科乃は、さらにその思考の精度を高めるため、玲桜に自身の仮説をぶつける。
「たぶん今回の“犯人”は、殺された犯人たちを幼児退行させていたんじゃないかな。“母親”の言うことに従順すぎるし、殺すとか死ぬとかに関しての倫理観の欠如が甚だしい。殺害後に被害者の遺体をわざわざ損壊しているのが、それを顕著に表してると思うんだけど」
「つまり、身体は大人でも、知能が退行した犯人。それを操り、サポートしていた“犯人”ってわけね。そうなると、“犯人”の役割というか、負担する仕事は多いんじゃない? 知能が退行してるってことは、普通以上に証拠を残さないことが念頭にないだろうから、後始末とか、それこそ下準備も。そこまでしてこの事件を起こす意味って?」
「犯人たちを殺害したのが口封じであれば、そのまま身を隠す算段だったのでしょう。普通の警察相手では、手も足も出ないような事件ですから。引っかき回すことによって、自分の存在を事件から隠しつつ、本来の目的も悟らせにくくする。手間をかけてでも、このやり方の方が安全で確実だと思ったのでしょうね」
ココアを注いだカップを持って、司もソファに深く腰掛ける。自分の質問に答えているようで答えになっていない司の言葉に、少し苛立つように玲桜が口を挟んだ。
「で、だからその“犯人”の本来の目的って何?」
「それは恐らく……」
「被害女性の卵巣、だよ」
まさかそんな、と玲桜が司の方へ視線を向けると、彼も科乃の答えに神妙に頷いていた。
* * * *
とあるマンションの地下駐車場。そこに停まる一台の車の中で、女は男へ小さなボトルを手渡した。
「今回の分よ」
ボトルを受け取った男は、満足げにそれを眺め、鞄に仕舞い込む。
「順調そうだな。だが用心はしろよ? SIRがこの件を追っているらしいからな」
「ええ、わかってるわ。でも大丈夫。もし私が捕まっても、それなりの準備はしているから」
「SIRには、お前の“キョウダイ”もいるんだろ?」
「そうね。だからこそ、最大限の用心をしてるわ」
男の忠告に、女はそう言い残して車を降りた。そうして長い髪をなびかせながら、彼女は夜の闇に消えていく。男は彼女が見せた不敵な笑みに、どこか危うさのようなものを感じていた。
* * * *
日付が変わって、三月十六日、午前二時頃。
四人は再び捜査室へ戻り、照合、解析の結果を確認する。
「……残念ながら、一致したナンバーはありません」
すべてとはいかなくても、いくつかの場所では共通するナンバーの車があるかと思っていたが、それも見当たらない。もう一つ司が照合にかけていたのが、地元以外、特に県外のナンバーの車があるかということだったが、そちらも空振りに終わった。
「結局手がかりなしかぁ……」
「……いや、待て」
解析した車のナンバーのリストを眺めていた硝磨が、何かに気付いたように、とあるナンバーに印をつけていく。
「あー、なるほど。“わ”ナンバーね」
ナンバープレートのひらがなの文字は、レンタカーは“わ”で統一されている。当然ながら、数字は一台ごとに異なるため、レンタカーを借りるたびに違う車、違うナンバーになる。そのため、この照合には引っかからなかったのだ。
「これを見ると、一応県内で借りるようにはしているみたいですね。“わ”ナンバーだけリストアップして、それぞれ店舗を特定します」
「あとはその店舗に問い合わせれば、運転免許証のコピーなり、手続書類なりで身元が割り出せるだろう」
この時間では店舗も営業していないため、この件の調査は明朝へ持ち越しとなった。硝磨と玲桜は先に部屋へ戻って就寝し、仮眠を取った科乃と店舗の特定を進める司の二人が捜査室に残された。
司が先ほどリストアップした“わ”ナンバーの車の通過履歴と、これまでに起きた犯行の場所と時刻をリスト化した書類とを見比べながら、科乃は別の紙に何かを書き記していく。
「しぃちゃん、何書いてるんです?」
「んー、犯行時のルートを逆算してるんだよ。それで思ったんだけどさー、被害女性を殺害した時は確かに車で犯人宅へ迎えに行って、事件現場付近で降ろして、それからまた犯人宅へ戻ってる。でも、この犯行後から犯人宅へ戻る時、行きと比べて明らかに時間がかかりすぎてるんだよね。三、四時間くらい。これ、どこか寄ってるんじゃないかな」
「もしかすると、“犯人”の拠点かもしれませんが、さすがにそこまでは調べきれませんね。犯行現場から犯人宅まで三、四時間、それも一度降りて用事を済ませるとすれば一時間以上の差が出ますし、可能性のある範囲としてはかなり広がりますから」
店舗の特定を終えた司は、その一覧をプリントアウトして科乃へ手渡し、大きく欠伸する。
「私ももう休みますね。しぃちゃんも、無理せずほどほどに」
「ありがとう。おやすみ、ハッチー」
「ええ、おやすみなさい」
司が奥の居住区へ入るのを見届けて、科乃は司の特定したレンタカーの店舗の一覧を眺める。すると、すぐにあることに気が付いた。
「あー、やっぱりそういうことね……」
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