9.並べられた布団

「悪いな。信元しんげん様が電球換え忘れてたからもしかしてって言うから来てみれば、本当に切れてたとはな」


 暗闇の中でも慣れたように電球を換えているのがぼんやりとわかる。数分もしないうちにパッと灯りがついて、余計にその手際の良さを感じさせた。


「悪かったな、急に入ってきて」


 そう言い残して、こちらを一度も振り向くことなく立ち去ろうとする天宮。そんな彼を、わたしは何故か呼び止めていた。


「あの、さ……」


 わたしの声に、足を止めても振り返ることはない。徹底して、気を遣ってくれている。その彼に、わたしは呼び止めてまで何を言いたかったのだろう。なかなか言葉が出ないので、彼の背から声だけが飛んでくる。


「どうかしたのか? 何か困り事でもあったか?」


 いや、何もない。何もないのに呼び止めたのだ。何をやっているんだろう。バカみたいだ。


「えっと――……ありがとう。それだけ」


 一度頭を空っぽにして、思いついたことをそのまま口に出した。

 彼は一つ溜め息を吐いて、のぼせるなよ、とだけ言って風呂場から出ていった。



 お風呂から上がって、髪を乾かす前にお風呂が空いたことを信元様に伝えなくてはと思い至り、とりあえず簡単に髪の水分をタオルで吸って、結い上げる。着替えだけ済ませて信元様を探しに行くが、そもそもまだこの家自体をきちんと案内してもらっていないことに、今頃気が付いた。

 志岐家のお屋敷ほど広くないとはいえ、部屋の数はそれなりにあって、片っ端から開けて回るわけにもいかない。信元様の部屋はどこで、部屋でなくてもどこにいるかの見当もつかない。余計なことはするべきじゃなかった。


 ふと、縁側を歩いていた先に明かりのついた部屋が見えて、顔を出してみる。と、そこにいたのは天宮あまみやだった。ここは居間のようで、彼はテーブルに着いて、スマホを弄りながら何か飲んでいるところだった。

 さっきのこともあり、顔を合わせるのは気まずかったけれど、彼の方は特に気にした様子もなく、声を掛けてくれた。


「ああ、風呂上がったのか。何か用か?」


「あ、いや……お風呂空いたって、言おうと思って」


 伝えようとしたことを言い当てられてしまい、どうにもぎこちなくなってしまう。

 しかしそんなわたしの様子から、天宮は大方の事情を察してくれたらしい。


「そういうことか。信元様は部屋にいるだろうけど、部屋の場所とか教えてなかったしな。いいよ、伝えとく」


「ありがとう」


「あ、おい、嫁」


 来た道を戻ろうとすると、今度は天宮がわたしを引き留めた。何事かと思って振り返ると、照れ臭そうに視線を逸らされてしまった。


「せっかく風呂入ったのに身体冷やすなよ? 別にそんな報告、後ででもいいんだから。自分の部屋はわかるか?」


「大丈夫。ありがとう」


 縁側を歩きながら、今の会話を思い返してみる。あいつ、わたしのこと“嫁”って呼ばなかったか? 名前で呼ぶのが恥ずかしいからって、“嫁”呼びはないだろう。

 でもそう言うわたしも、彼の呼び方は考えないといけないな。きっと今のままでは“天宮”と呼んでしまう。結婚すればわたしも天宮姓になるのだから、そのわたしの呼び方だっておかしい。あいつも同じで、苦し紛れの“嫁”だったのだろうか。



 わたしの部屋は縁側を真っすぐ進んだ、一番奥の部屋の一つ手前の部屋。

 髪をちゃんと乾かして、いつも通り念入りにケアして、座椅子の背もたれを倒して横になる。


 当たり前だけれど、知らない天井だ。明日からどうしようか。今までは当主になるための鍛錬があったけれど、もうわたしには関係なくなってしまった。学校も行っているわけじゃないし、いざこうして時間的な自由を手にしても、持て余してしまうな。

 天宮は普段、どう過ごしているのだろう。当主とかはもう関係ないけど、信元様に教えを乞うことができるなら、自分なりの鍛錬は続けても良いのかな。


 この家の周りのことも知らないと。どこに何があるのかもまださっぱりわからない。これからここで暮らしていく以上、買い物先は把握しておきたい。


 考えていたら欠伸が出て、突然どっと襲い来る眠気に、壁に掛かった時計を見上げる。もう日付を跨いでしまっていた。さすがにそろそろ寝ようかと思って、ようやく気付いた。わたしの布団、どこにやったっけ……?


 確かに家から持ってきたはず。押入れを見てみても、やはりここにはない。

 縁側を歩く足音が聞こえて、わたしは咄嗟に障子を開けた。通りかかったのが天宮でも信元様でも、どちらでも構わない。とりあえずわたしの布団がどこにいったのか、それを聞きたかった。


 障子を開ければ、向こうからやってきた天宮は驚いたように少し肩を跳ねさせる。彼が何か言う前に、わたしの方から用件を切り出した。


「ねえ、わたしの布団知らない? 運んだの、あんたでしょ?」


「ああ、布団なら寝室だぞ」


 ……寝室。わたしの部屋とは別に、寝るためだけの部屋を与えられているのか。なんて贅沢なのだろう。志岐しきの家にいた時だって、自室と寝室は同じだったのに。


「もう寝るのか?」


 彼の質問に頷くと、寝室に案内するからついてこいと彼は言うが、案内するまでもなく、わたしの部屋の隣が寝室だった。縁側を進んだ一番奥の部屋だ。

 戸を開けると、既に布団が敷いてある。何故か二枚。


「ねえ……何で二枚敷いてあるわけ?」


「察しが悪いな。頭のいいお前なら、言わなくてもわかるだろ?」


 わかっている。わかっていて聞いたんだ。それが間違いであってほしいという淡い期待に賭けて。だけれど期待はいとも簡単に裏切られ、現実はわたしの予想通りだった。

 わたしが布団に入ると、その隣の布団に天宮も入る。いくらなんでも、初日からこの扱いはないだろう。


「……言っとくけど、変なことしたら殺すから」


「別にしねぇよ」


 さっきの風呂場での彼の対応を見れば、そんな心配はいらないだろうことはわかる。寝室を同じにしてみても、きっと彼はわたしに気を遣ってくれる。まだ一緒に過ごした時間は少ないけれど、勝手にそんな信頼を寄せつつあった。そう思わせるだけのことを、彼はこの短期間にちゃんと積み上げていたのだ。


「明日から仕事してもらうから、ちゃんと寝ろよ。じゃあ、おやすみ」


「……おやすみ」


 仕事があるのか。なら確かに、ちゃんと休んでおいた方がいい。わたしもちゃんと寝よう。

 おやすみの言葉を交わしてからは、互いに一言も話さず、眠気に任せて瞼を閉じた。そうしたら、隣のことなど気にならず、いつの間にか眠りに落ちていた。

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