第8章:偽りの日常へ
二人はほとんど口をきかず、同じ電車に乗って家路についた。普段なら並んで座るところを、この日は少し距離を置いて座った。電車の窓に映る夜景が、流れていく。
家に着くと、父の健一がリビングでテレビを見ていた。
「おかえり。どこ行ってたんだ?二人そろって」
一真は「友達と新宿で」、良枝は「ちょっと買い物に」と、別々の嘘をついた。健一は特に疑うこともなく、「そっか」とだけ返した。
その夜、一真は自室のベッドで天井を見つめ、混乱していた。ベルへの恋心は、消し去れるものではなかった。あの温かい言葉の数々、心の触れ合い。それが、毎日食事を作り、洗濯をし、「ただいま」と笑顔で迎えてくれる母、良枝と同一人物だという事実。二つのイメージが脳内で激しく衝突し、整理がつかない。
隣の寝室では、良枝もまた、眠れずにいた。夫の健一の隣で、目を開けていた。プリウス、つまり一真とのメッセージの一つ一つが、鮮明に蘇る。あのとき感じたときめき、若い男性からの純粋な憧れを向けられる喜び。それが、自分の息子だった。胸が締め付けられるような罪悪感。しかし、その底には、消え去らない、ほのかな温もりも残っていた。
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