第9章:崩れゆく決意

それからの数日、家の中は妙にぎこちない空気に包まれた。一真と良枝は、必要最小限の会話しかしない。視線を合わせることも避けていた。健一は、少し気にはなったが、単なる親子ゲンカかと思い、深く追求はしなかった。


一真は大学やバイトに精を出し、良枝は家事に没頭する。まるで何事もなかったように、日常は回っていく。しかし、二人の心の中では、消そうとしても消えない炎がくすぶり続けていた。


一真は、スマホの画面を開いては、もう残っていない、マッチングアプリ上での、ベルとのメッセージのやり取りを回想した。かつてあふれていた甘い言葉が、幻のように浮かんでくる。我慢できなくなった。


そして、ベルこと母の良枝と一緒にマッチングアプリを削除してから一週間後の夜、一真は震える指で、良枝のLINEを開いた。そして、メッセージを打ち始めた。


「ベルさん…やっぱり、あなたのことが愛しいです。忘れられない」


送信ボタンを押すのに、彼は長い時間を要した。画面を閉じ、スマホを布団に放り投げた。狂気の沙汰だ。自分は何をしているんだ。


翌日、良枝はそのメッセージを発見した。家事をしながら、何度もスマホの画面を確認した。胸が高鳴る。怖い。でも、嬉しい。この矛盾した感情に押しつぶされそうになりながら、彼女は一日中悩んだ。そして、夕方、返信をした。


「プリウス君…私も、忘れられないの」


そのメッセージが一真に届いた時、彼の心の中で、何かが決定的に壊れた。倫理も常識も、親子という関係も、全てがベルへの恋心の前にかき消された。

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