第7章:沈黙のカフェ
長い沈黙の後、一真がようやく絞り出すように言った。
「…と、とりあえず、どこか…」
二人は、駅ビル内の、人目につきにくい奥まった席のあるカフェに入った。コーヒーを注文する間も、ほとんど視線を合わせられない。グラスに氷が当たる音だけが、重苦しい空気を切り裂く。
一真が先に口を開いた。声はかすれていた。
「なんで…ママが、『ベル』なんだ…」
良枝はうつむいたまま、そっと答えた。
「…女友達に、若い男性と…付き合っている子がいて。私は、ずっと他人事だと思っていたの。でも、たまたまスマホで見たアプリの広告…女の人は最初だけ無料って書いてあって。ただの遊び、気分転換のつもりで登録したら…」
彼女の声も震えていた。
「プリウスさん…あなたと、話すのが、どんどん楽しくなって。気がついたら、本当に…心が離れなくなっていた」
一真も、自分の動機を打ち明けた。
「友達が、年上の…人妻と付き合っていて。それで、羨ましくて…バイトの先輩に教えてもらったアプリに登録した。ママのことは、絶対にベルさんだなんて思わなかった…」
二人は、互いの愚かさと、引き起こしてしまった異常事態に、ただ打ちのめされるしかなかった。血のつながった親子が、恋愛感情を育む場として、マッチングアプリを使っていたのだ。
「…これは、絶対にいけないことだよね」
良枝が、涙声で呟いた。一真も、ゆっくりとうなずく。
「うん…パパにも、絶対に言えない。誰にも」
「この話は…二人だけの秘密。墓場まで持っていく約束よ」
一真は深く頷いた。二人はその場でスマホを取り出し、無言で「ヴェール」アプリを削除し、退会手続きを完了させた。アカウントが消える画面を見つめながら、一真の胸には、ベルとの甘いメッセージの日々が去りゆく喪失感と、母との異常な関係に気づいた強い罪悪感が入り混じっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます