第2章:誘惑への扉

バイト先の先輩、拓也は、店の倉庫で荷物を整理しながら、一真に話しかけた。


「おい、一真。最近、元気ないな?もしかして、女関係?」


照れくさそうにうつむく一真に、拓也はにやりと笑った。


「はは、わかった。そんなときはこれだよ」


彼はスマホを取り出し、画面を一真に見せた。シックなデザインのアプリアイコンが表示されていた。


「『ヴェール』ってアプリ。評判いいんだよ。特に、落ち着いた、大人の女性と知り合いたい男にはね。既婚者も多いって噂だけど、その分、身分証の提示が必須で、女は最初一ヶ月無料、男は有料だけど、そのせいか、遊びじゃない真剣な人が集まってる感じがする。安心感はあるよ」


拓也の言葉は、隆の話と重なり、一真の心を強く揺さぶった。『既婚者も多い』。その言葉が、頭から離れなかった。


その夜、自室でベッドに横たわり、天井を見つめながら、一真は決意した。やってみよう。彼はスマホを手に取り、「ヴェール」をダウンロードした。登録手続きは確かに厳格だった。運転免許証の画像提出を求められ、少し躊躇したが、逆に「ここなら大丈夫かもしれない」という奇妙な安心感を覚えた。


プロフィール作成画面で、彼は考えた。本名は使えない。ふと、目に留まったのは、窓の外に停めてある家族の銀色のプリウスだった。父が愛用し、時折、母や自分も運転するあの車。懐かしく、どこか日常の象徴のような存在。彼は入力欄に「プリウス」と打ち込んだ。


写真掲載は任意。彼は自分の顔写真を載せる勇気はなかった。代わりに、彼の宝物である、東北新幹線「はやぶさ」が青森の雪原を駆ける、美しく撮影した一枚の写真をプロフィール画像に設定した。趣味欄には「鉄道(撮影、模型)」と記入。相手の希望年齢は、迷わず「30~49」に設定した。隆の言葉が耳に残っていた。「経験豊富だし、尽くしてくれるし」。


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