第2話
まずはおばちゃんの言う通り、村の東を目指そう。確かに少し先は丘になっているようで、傾斜のある道が見える。
道と言っても、当然アスファルトで固められているわけでもないし、自転車も車もない。人が何度も通って
周りには木々がいくつか生えているが、森や林と呼べるほど鬱蒼とはしておらず、この分なら魔族と遭遇することもなく目的地まで行けるだろう。
そうしてしばらくのんびり歩いていると、民家よりは大きく、屋敷というには小さい建物が見えてくる。人工物はそれだけで、恐らくあれが魔術工房なのだろう。
近くまでたどり着くと、建物の入り口に看板が立てられていた。看板には、“魔術工房・マリー”とある。どうやらここで間違いないらしい。
工房の扉を開けてみると、カランカランと扉に付けられたベルが鳴って、奥からすらりとしたシルエットの金髪の青年がやってくる。端正な顔立ちは男とも女ともわからず、身のこなしも上品で隙がない。よく見ると、長い髪を後ろで一つに結っている。近付くとフローラルな香りがして、少し硬い見た目の印象は一気に柔らかいものに変わった。
「何か御用でしょうか」
声を聞いても、やはり男か女かは判断しかねる。綺麗な発音で淡々とした調子で尋ねられ、半ば見惚れて呆けてしまっていた俺は我に返った。
「ああ、えっと……“番紅酒”? っていうのを作ってもらいたいんですが……」
「ああ……番紅酒ですか」
金髪の青年は俺の言葉に気分を害したようで、露骨に態度を変えた。“番紅酒”が何かはわからないが、結構作るのに手間のかかるものなのだろうか。それで面倒がられているのか?
すると、工房の奥からまた誰かやってくる。
カウンターより少し背が高いくらいの少女。くすんだようなキャラメル色の髪は、一部を後ろに編み込まれ、手入れが行き届いているのか艶々と輝いて見える。大きな淡い紫の瞳にじろりと見上げられて、囚われたようにその場から動けなくなった。
しかしすぐにその瞳の向く先は、俺の隣の青年に移り変わる。
「王都からの依頼でしょう? 気にし過ぎ。……それで、
少女が特別感情も籠っていないように、金髪の青年に言う。
「あのー、俺は王都からの依頼をこなしてる、ただのしがない村人なんですが……」
言った後で思ったが、フィクションでよくある“何の変哲もないごく普通の高校生”みたいな自己紹介って大体そんなことないし、自分で自分のことをごく普通呼ばわりするやつって逆に怪しくないだろうか。しかも、今は何故だかわからないが何か疑われているような状況。かえって疑いを深めたかもしれない。
すると背の低い少女が、先ほどと同じように淡々と続ける。
「番紅酒が何かは知ってるの?」
「いえ……初めて聞きました」
俺の言葉に、少女は見定めるように俺のことを眺め回してくる。やがてまた俺と視線を合わせて、口の端を釣り上げた。にこやかとは程遠い、何か企んでいそうな悪戯な笑みだ。
「……ふぅん。わかった。少し待っていて」
少女がまた奥に引っ込んでいくと、金髪の青年が木製の丸イスを用意してくれて、どうぞ、と言うので遠慮なく腰を下ろすことにした。
さっきの笑みが意味するところは、一体何だったんだ……?
工房の中は名前も知らない植物の鉢植えがいくつか並び、壁伝いに並べられた棚には透明な瓶がいくつも置かれている。中には粉末だったり固形物だったり液体だったり、棒のようなものが入れられていたりもする。
これらは何なのだろう。魔術工房と名の付くぐらいだから、魔術に使うものなのだろうか。
きょろきょろとあちこちを眺めていると、先ほどの金髪の青年が声を掛けてきた。
「落ち着きがないですね……。待っていられないんですか?」
「すみません……。珍しいものばかりで、つい」
金髪の青年は一つため息を吐いて、カウンターに置かれた依頼書の控えを読み直した。
「まあ、シャヴィルスの村人からしたら珍しいかもしれませんね」
嘲笑するわけではなく、単に事実を述べただけのような、相変わらず淡々とした調子だ。金髪の青年は
「魔術についてはご存知ですか?」
不意に金髪の青年に尋ねられ、俺は少し思考を巡らせながら答える。
この世界にはどうやら、魔術という非科学的なものが存在するらしい。俺も最初に魔術なるものを知った時は驚いた。あまりにも非現実的だと思ったが、この目で発動を見てしまったら、もはや信じるしかなかったのだ。
「え-っと、儀式とか、道具とか、代価とかを準備して、何か現象を起こす術……でしたっけ?」
「そうです。ここはそのための道具を売っていたり、既に魔術が施された魔道具を用意したり、魔術が使えない人の代わりに魔術を使ったりするところなんですよ」
それで、“魔術工房”というわけか。今回の依頼も、番紅酒は普通には作ることのできないものなのだろう。
「あの……俺は何か怪しまれていたんですかね?」
思い切って聞いてみることにした。さっき俺が“これ”扱いされていたのは、何か理由があるんじゃないかと直感的に思っていたのだ。あの少女は別に、俺を嫌悪しているようでもなかった。それなのに物扱いとは、恐らく本当に、彼女には俺が物に見えていたのだろう。
「ああ……先ほどのカレン様の態度ですよね。すみません、ああいう方なので。私も何を考えているかはいまいちわからないことも多く……」
どう見てもこの青年より年下にしか見えなかったあの少女を“様”付けで呼ぶということは、彼女が店主なのだろうか。
「なんか、苦労されてるんですね」
「ええ、本当に」
そこへタイミング悪く、カレン様なる少女が戻ってくる。
「あら、そう。マノンとは、後で少しお話をしなくちゃいけないみたいね」
それを聞いて、マノンと呼ばれた金髪の青年は慌てて背筋を伸ばし、申し訳ありません、と謝罪していた。
「別に謝ることはないんじゃない? そう思うならそれでいいんだから」
少女は大きさの違う二つの瓶をカウンターに置いた。どちらとも、中にはほのかに赤く色の付いた透明な液体が入っている。これが番紅酒だろうか。
「依頼されているのはこっちの大きい瓶の方。こっちの小さい方はサービス。間違えないようにね」
そう言いながら、カレン様は依頼書の控えにサインして、大きい瓶の方に紐でくくり付けた。これをギルドに納品すれば、この依頼は完了となる。
「いや、サービスって、どうして……」
俺が疑問を呈すると、マノンさんが声を上げて割って入る。どうやらこのカレン様の行動に納得がいかないらしい。
「カレン様!? 何を考えているのですか! これはそう軽々しく与えて良いものでは……!」
「わたしは今とても機嫌がいいの。確かに、
そうでしょう? とでも言いたげに、不敵な笑みを浮かべたカレン様はこちらを見上げてくる。それはつまり、俺は
カレン様に言われ、マノンさんは大人しく引き下がるしかなかったらしく、もうそれ以上は食い下がらなかった。
「これが何なのか、わたしはあえて教えない。だけど用法は教えておいてあげる。端的に言えば、信頼を寄せてくれる異性ともっと仲良くなりたい時に、これを飲ませればいいの」
マノンさんは何か言いたげだが、必死に堪えているようだ。その様子を見るに、恐らく正しい使い方ではないのか、正確な情報ではないのだろう。俺も段々わかってきた。このカレン様なる少女は、どうも人を揶揄って愉しむタイプの人のようだ。
しかし魔術工房で作られるものということは、気休めなんかではなくちゃんと効果のある代物なのだろう。これを使うとなった時は、慎重にならなければいけないのだろうな。
「わかりました。ありがとうございます」
小瓶と大瓶とを受け取って、持ってきた荷袋に詰める。と、カレン様が思い出したように尋ねてきた。
「君、名前は何だっけ?」
「ユージです。ユージ・オーティニー」
俺が名乗ると、カレン様はそう、とだけ言って、自分は名乗ってくれなかった。
「近いうちにまた来ることになると思うけど、次はもう少し歓迎してあげるから。シャヴィルスまでそう遠くはないけど大変でしょう? 今日は送ってあげるね」
カレン様の口から飛び出すいきなりの至れり尽くせりに、俺も驚きだがマノンさんの方がもっと驚いているようだった。何が起きているのかと、あわあわして落ち着きがなくなっている。
有無を言わさずカレン様が手のひらを俺に差し向けると、その手のひらが淡く光り出し、俺も光に包まれる。と、次の瞬間にはシャヴィルス村の入り口に立っていた。
本当に一瞬でたどり着いた。これが、魔術なのか……。初めての経験に、少しばかり感慨に浸ってしまい、俺はそのまま小一時間立ち尽くしてしまっていた。
ユージの転生英雄譚 ― 幽霧の魔女と亡国の王女 ― 斎花 @Alstria_Sophiland
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