ユージの転生英雄譚 ― 幽霧の魔女と亡国の王女 ―

斎花

第1話

「俺のことは、もうほっといてくれ!」


 そう叫びながら、俺は前も見ずに道路に飛び出した。

 横断歩道ですらない、車がスピードを緩めずに行き来する道路を横切るように飛び出して、俺は当然のように車に撥ねられた。不運にも、俺を撥ねたのは大型のトラック。助かる見込みもないことは、撥ねられる直前にわかっていた。即死だっただろう。

 トラックの運転手に申し訳ないことをしたなと、最期に思った――――。



 ◇◆



――はっとして飛び起きた。息も切れ切れに、背中に変な汗もかいている。

 薄っぺらいカーテンの掛かった窓の方を見ると、外は薄っすらと明るくなっていて、夜明けが近いようだ。これでも少しは眠れたのだろう。


 それにしても、またこの夢か……。今でも時折夢に見る、過去のこと。いや――“前世”のこと。

 いつもこの場面だけが繰り返され、何をそんなに怒っていたのか、誰と口論をしていたのかもわからない。そしてトラックに轢かれたはずの俺は、今もこうして生きている。随分と不思議な夢だ。



 俺は少し早いがベッドから出て、毎日やっている木剣での素振りトレーニングをすることにした。

 というより、“前世”ほど文明の発達していない“現世”では、それくらいしかやることがなかった。コンクリートもなければ電気もない。当然、インターネットなんてものもあるわけがない。小学校の頃に行った自然教室でも、もう少しマシな環境だったように思う。それくらい、ここの生活は良く言えば自然的、悪く言うなら前時代的過ぎた。


 とは言っても、この“シャヴィルス村”は標高が高く、周りも自然に囲まれているためか空気がおいしい。車もないから排気ガスで大気汚染なんて問題とも無縁で、純粋な空気はこんなにもおいしいのかと思ってしまう。

 朝方に外に出て見れば、俺よりも早起きの小鳥が囀りながら飛び回っている。そしてさらにそのはるか上空では、時折大きなドラゴンが通り過ぎていく。そんな毎日も、慣れてくれば居心地は悪くなかった。


 俺は間違いなく死んだのだと思う。あの夢は夢ではなく、本当に起こったことなのだと思う。そうでなければ説明が付かないことばかりだ。現代日本で暮らしていたはずの俺が、こんな山奥の田舎――それも聞いたことのない異国に居る。そして空想上のものとされていたような生き物が悠々と頭上を通り過ぎていく様は、俺か世界のどちらかがおかしくなったと思うしかなかった。


 俺の見た目は死んだ時とさほど変わっていない。記憶はところどころ思い出せないが、割とあると思う。“前世”のことを覚えているし、自分の名前だって思い出せる。……まあその名前も、今は少し違ったものになっているが。


「おう、ユージ。朝から精が出るな」


「おはよう、おじさん」


 この無精ひげを生やした小太りのおじさんは、ダグラス・オーティニーさん。俺の親戚のおじさん……ということになっている。


 トラックに轢かれて目が覚めたらこんな何も知らない異国に居た俺は、突然現れたモンスターに襲われていた。何もわからなくて戦う術もない俺は、死んだばかりのはずなのに、目が覚めていきなり死に瀕していた。そんな時、偶然にもその場に居合わせた彼に助けられたのだ。そのおかげで今を生き延びているのだから贅沢は言えないが……それにしても俺を親戚の誰かだと勘違いしてそのまま世話を焼いてくれるなんて、お人好しもいいところだ。

 それを考えれば俺の名前が“大谷おおたに悠司ゆうじ”から“ユージ・オーティニー”に変わったことは、さしたる問題でもないのかもしれない。というより、当たり前に言葉が通じていること自体が不思議で仕方がないが、そこはもう考えないことにした。


「今日もギルドで依頼を受けるのか?」


「そのつもり。最近 受注ランク上がって、羽振りのいい依頼も受けられるようになったんだよ。世話になってばっかりってわけにもいかないし、俺も稼げるようにならないとさ」


 おじさんは俺を親戚だと思っているかもしれないけど、俺はやっぱり、ここまで良くしてくれた恩を返したいと思ってる。いずれは自立して、村のためになる仕事に就きたいとも思ってる。そのための依頼だ。まだまだ稼げる額は少ないけど、今は経験を積んで、着実に受注者としての腕を磨かないと。


「んなこたぁ、気にしなくていいんだよ。お前がやりたいことをやれ」


 おじさんはいつもそう言ってくれるけど、そうしたおじさんの心意気が、逆に俺のやる気を奮い立たせるのだ。この人のために頑張りたいと。


「わかってるよ。俺のやりたいことは、出世して稼げるようになって、この村に恩返しすることだから」



 俺はおじさんの奥さんが作ってくれた朝ごはんを食べ終わると、村の中央にあるひと際大きな建物に急いだ。


 ギルドには王都から毎日依頼が届く。それを、期限の早いものから村人みんなで手分けして行うのだ。ただし難度の高い依頼もあるから、受注ランクが高い者が優先的にそれをこなす。この村ではいつの間にか、一番受注ランクが高いのは俺になっていた。

 難しい依頼は時間がかかることもある。それでいて、俺にしかできないから誰かを頼るわけにもいかない。だからもし俺にしかできない依頼が来ていたら、早めに取り掛かっておきたかった。


 ギルドに着くと、既に中は大勢の人が詰めかけていて、みんなも今日の仕事を探していた。ギルドの受付のおばちゃんが俺に気付くと、手招きして呼んでくれる。


「おぉ、ユージぃ! ちょうどよかった! あんたに依頼来てるよ~。高難度、高報酬のヤ・ツ!」


 おばちゃんがニヤリとしながら依頼書を引っ張り出して、俺に手渡した。俺がここにサインすれば、受領完了だ。


「アタシも中身よく見てないんだけどさ、どんな依頼なんだい?」


「“魔術工房で“番紅酒サフラノール”を作ってもらい、納品せよ”だって。“魔術工房”ってどこだ?」


「あ~魔術工房ねぇ。ここから東に少し行くと、ちょっとした丘がある。何だったかな、“まなびの丘”とかいうんだったか。そのてっぺんに小さな小屋があって、そこが魔術工房って話だけど。アタシも行ったことはないから、そうらしいってだけなんだけどね」


 そうは言っても、おばちゃんの情報はいつもほとんど正確だから助かっている。噂好きなのが功を奏して、この村では隠れた情報通として地味に頼りになるのだ。


「ありがと、おばちゃん。ちょっと行ってくるよ」


「気ぃ付けるんだよ~」


 おばちゃんに手を振られながら、俺は依頼書の控えを持ってギルドを飛び出した。

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