第11話 決意

「だからわたしには、何でも話して? どんな後ろ向きなことでも、弱音でも誹りでも、怒りでも嘆きでも構わないから。綺麗でいようとしなくていいの。あなたはあなたのままで、自分を見失わないで。自分を見失いそうになったら、わたしに吐き出して? わたしにできることは多くないけれど、何もないってこともないよ。せめてわたしだけは、あなたが安らげる人でありたいの」


「なんで……何で、見ず知らずの俺に、そこまで……?」


「何で、だろうね……あなたが寂しそうに見えたから、かな。わたしだって、身体は冷たくても、心まで冷たいわけじゃないよ? むしろうちの一族は、奉仕精神を大事にしてるからね。可哀そうだって同情してるわけじゃない。肩書のせいで、理不尽に自由を奪われるのが、たまらなく許せないだけ」


 いつしか俺は、強がりで堰き止めていた涙を抑えるのを、やめていた。


「本当は……帰れるなら、帰りたい。こんなわけのわかんないところにいたくない。知らないことばっかり、知らない人しかいない。せめて家族がいれば……親の存在がこれほどありがたく、恋しいと思うなんて、思わなかったよ」


 俺がぽつりぽつりと溢し始めた言葉に、彼女はうんうんと頷きながら、口を挟まず続きを待ってくれている。


「正直、やっていける気がしないんだ……。世界を救ってくれなんて言われて、俺にできるのか……? 今まで命の危機だって感じたことない、世界が滅ぶなんて考えもしない、ただ無駄に時間を費やすだけの日々を送っていた俺に。大層な肩書をつけられて……今までの人生を思えば、恥ずかしくて星姫アステル様たちに顔向けなんてできない」


 彼女が俺を抱き寄せて、子どものように泣きじゃくる俺の背中を優しく擦ってくれる。

 触れる肌が、熱くなっていく俺を落ち着けるように、その熱を奪っていく。


「でも、俺は決めたんだ。元の世界に戻ったって、俺には大したことができるわけじゃない。だからこの世界に俺にしかできないことがあるなら、俺はそれを全うしたい。たとえ帰る方法が見つかったとしても、この世界の役に立てるなら、俺はここに残る」


「強いね、君は……ううん、君がそう決めたんなら、わたしは君がその決意を果たせるよう支えるよ」


 落ち着いたら、一気に眠気が襲ってきた。泣いたせいで、余計に体力を使ったのかもしれない。

 彼女の冷たく柔らかい胸元に顔を埋めながら、徐々に瞼の重さに耐えきれず、意識は遠のいていく。


 薄れていく意識の中で、優しく撫でてくれるのが、触れる温度でわかる。少しずつ彼女に身体ごと抱き寄せられて、触れ合う面積が増えていく。

 寒いとは思わない。ひんやりと、涼しい。心地の良い冷たさ。彼女の肌の滑らかな感触が、余計にそれを際立たせているのだろう。

 身体を預ければ、押し返してくるよりむしろ、彼女の中に沈んでいくように包み込まれていく感覚。


「大丈夫だよ。君にはわたしがついてるからね。それを忘れないでね。辛いことがあったら、一人で抱え込んじゃダメだよ」


 まるで幼子に言い聞かせるような、優しい口調。耳をくすぐるような、それでいて俺から眠気を奪わないような、静かに染み入ってくる声。

 

 もう何も考えられない。眠気が限界に達してしまいそうなのだろう。

 ただこのまま、彼女に包まれていたいとだけ、思うのだった。



 — ◇ ◆ ◇ —



 誰かが語り掛けてくる。彼女だろうか。寝ている間に何かあったのだろうか。


 いや、違う。

 頭に響くように、何かをしきりに訴えかけてくる。何を言っているのか。呼び掛けているだけで、何か意味のある話ではないらしい。


 その声に意識を向けてみると、声は安堵したように、呼びかけをやめた。


“……ありがとう。君があの書き置きを見つけてくれて、星殿に行ってくれたおかげで、僕の願いは果たせそうだ”


 声の主は、あの書き置きを書いた者のようだ。やはり彼は亡くなったのだろうか。だからこうして、幻聴となって声だけを届けに来たのだろうか。


“僕はこの世界にはいられなくなってしまったけど、僕の代わりに君が果たしてくれるのを、僕はずっと見ているよ”


 守護霊にでもなるつもりだろうか。霊に取り憑きますと宣言されているのは、正直あまり嬉しい気分でもない。


“もう時間みたいだ。この世界を――――彼女・・を、頼んだよ”


 最後にそれだけ言い残すようにして、謎の声はそれきり聞こえなくなった。



— ◇ ◆ ◇ —



 目が覚めると、隣に彼女の姿はなかった。仄かに残る甘い香りと、ひんやりとした心地の良い冷たさが、夢などではなく、彼女がこの場にいたことを物語っていた。

 司官様に用事があると言っていたし、朝早くに会いに行ったのだろう。元々昨夜は泊っていく予定でもなかっただろうし。


 カーテンの閉め切られた窓からは、その隙間からちらちらと明かりが差し込んでいる。


 今、何時なんだろう。誰も起こしてくれないから、よく寝た気がする。


 テーブルの上には、折りたたまれた一枚の紙が置かれていた。飛んでいってしまわないように、小さな白い石を重しにしてある。どかそうと触れたところ、その石はドライアイスのように白い煙を上げながら、溶けたようになくなってしまった。


 何のためらいもなくその紙を開いてみれば、彼女が書き残したもののようだった。


“昨夜は泊めていただいてありがとうございました。昨夜のことは誰にも口外しませんのでご安心ください。だからあなたも、誰にも言わないでくださいよ? よければ今度、深雪の里ブランシュにも遊びに来てくださいね”


 ちゃんとした機会に挨拶したいと言っていたし、結局俺からも名乗らなかったし。行ってみるか、深雪の里。

 とは言っても場所もわからなければ、交通手段があるわけでもない。外出するときは声を掛けるようにとのことだったし、司官様に頼めば何か手配してくれたりしないだろうか。


 とりあえず部屋から出て、隣の司官様の部屋をノックする。と、すぐにドアを開けてくれた。


「おはよう。昨夜はよく眠れたかな?」


「ええ、まあ……」


 眠るまでに色々あったが、結果的に熟睡はできたらしく、目覚めは良かった。


「それで、何か?」


星姫アステル様に挨拶しに行こうと思うんです。ただ、場所もわからないし、どうやって行けばいいかもわからなくて」


「ほう、なるほど、いい心がけだ」


 感心したように頷く司官様は、不意に俺を頭からつま先まで眺め回す。


「だがその前に……身なりを整えなければな」


 言われてはっとする。よく考えれば、俺は外行き用の服をまともに持っていないのだ。

 今着ているのもバスローブのような羽織で、ここに来た時に来ていたのはパジャマ。とても一族の長に挨拶に行くような恰好ではない。


 司官様が廊下に備え付けられた呼び鈴を押すとすぐに、一人の女性が現れた。


「御用でしょうか?」


 現代ではもはや本物をお目にかかれはしない遺物だと思っていた、メイド服姿の女性。黒の簡素なワンピースに、白いエプロンの付いた、フィクションではよく見かける姿だ。

 この世界には実在したのか。


「彼の生活用品を整えてくれたまえ。それと、星姫様の前に出しても恥ずかしくないよう、数着見繕ってやってくれ」


「かしこまりました」


「カナタ殿、彼女とは初対面かな? 昨晩も伝えた通り、何か困りごとがあれば、このように呼び鈴を鳴らして彼女に頼るといい」


 そういえば、そんなことを言われていた気がする。昨夜も呼び鈴を鳴らしていれば、何とかなったのだろうか。

 いや、昨日のは、あれはあれで良かったんだ。何とかしてもらっていたら、少しもったいないと思ってしまう。


「スプモーネと申します。以後、お見知りおきを。では早速参りましょうか」

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アストラム・ドール 斎花 @Alstria_Sophiland

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