第10話 冷たい優しさ

 脱衣場から戻ってくると、彼女はまたベッドの中で丸まっていた。今度は眠っているわけではなく、俺が戻ると顔を覗かせて、にこやかに微笑んでいる。


 もしかして、寒いのだろうか。身体が冷たい体質だと言っていたが、それは彼女自身も冷たく感じていたりするんじゃないだろうか。一緒に寝ようとするのも、実は人の温もりを得たかったからだったりするんじゃないだろうか。


 それにしても、初対面の男と同じベッドで寝るというのは危機感がなさ過ぎるとは思う。だが、彼女の中で、それと身体の冷えとを天秤にかけた結果、俺と同じベッドで寝る方がよっぽどいいと思えたのかもしれない。


 あんなに気丈に振舞ってはいるが、内心はどんな思いでいるかわからない。


 自分とは違う人間。自分とは違う人種。自分とは違う体質。これが、司官様の言う“別の一族”ということなのだろう。

 俺にとっての当たり前は、彼女にとっての当たり前じゃない。逆に、彼女にとっての当たり前は、俺にとっての当たり前なんかじゃない。

 だから、彼女の振舞いを何かおかしいと思っても、それは俺基準の見方でしかない。何も知らない俺にとやかく言われる筋合いなんて、彼女にはないはずだ。


 なら、俺ができることは何だ? 俺ができることは、彼女の望むことが自分にとって不快でないなら、できれば聞き入れてやることじゃないだろうか。

 たとえそれが、俺の中では非常識的なことだったとしても。


「お隣、いいですか?」


「もちろんです。さぁ、どうぞ」


 掛け布団を広げて隣へ入れてくれる。何故か彼女も俺と同じ、バスローブのような羽織を着ていた。タイツすら履かずに素脚を露出している。


「着替えたんですか?」


「これ、意外と温かくて」


 彼女の隣に横になり、互いに顔を見ずに寝転がった。すると、彼女の方から声だけが飛んでくる。


「あなた、星冠ノヴァの器なんでしょう? だからなのかな。なんだか不思議な感じ。この世の人じゃないみたい」


「気付いてたんだ。君は、やっぱり星姫アステル?」


「うん、そう。でも、ちゃんとした時に挨拶させてほしいから、今はまだ、一夜限りの女だと思っててください」


 その言葉も、その微笑みも、どこかいやらしく感じられるのは、俺の心が汚れているのだろうか。


「ねえそれより、あなたのことを聞かせて? あなたはこの国の生まれなの?」


 どこの国の出身、ひいてはどこの一族なのかは、みんな気になる話題らしい。逆に、俺はどの一族の者に見えるのか、こちらが聞きたいくらいだ。


「いや、生まれ育ったのはこことは違う、遠い国だよ。でも、気付いたら突然この国にいて、目が覚めた場所にあった書置きに、星殿アストレリアに行くようにって書かれてたから。この場所のことは何もわからないし、とりあえず行ってみたら、こうなったってわけ」


 信じてもらえないかもしれない。そんな不安が少しあったが、それ以上に、彼女なら信じてくれるかもしれないという期待の方が強かった。だから、隠さずに本当のことを話した。


「それは何て言うか……劇的だね。ねえ、嫌なこと聞くかもしれないけれど、元居た国に、帰りたい?」


「そりゃあね。別に生まれ育った国も特別思い入れがあるわけじゃないんだけど、でも、そこには友達とか、家族とかがいるから。何も言えずに突然別れて、ずっと会えないままなのかなって思うと、ちょっと寂しくはあるよ」


 自分で話していて、目頭が熱くなってくる。しかし強がりたい手前、涙は堪えなくては。


 この世界の人たちは、何もわからない俺を哀れんではくれるだろうが、それでも世界を救ってほしいという大前提は曲げることはないだろう。だから俺も、元の世界は諦めて、この世界を救うんだと、自分に言い聞かせなくちゃならない。

 この世界を救うんだと、そのつもりでいるんだと、この世界に示さなきゃならない。


「そう、だよね……帰りたいよね。星冠の器に選ばれたって、選択の自由はあると思う」


 その次に続く言葉は逆接だろう。嫌というほど、自分が一番わかっている、期待の重さ。世界の命運を背負うということがどれほどのものか、軽んじていた。


「あなたの行動は、絶対的にこの世界を天秤に掛けざるを得ない。そういう立場。でも、わたし個人としては、世界がどうとかに関係なく、あなたが望む選択をするべきだと思う。あなたの望む選択をしていいと思うよ。たとえそれが、この世界を滅ぼす選択だとしても」


 どうしてそんなことを言うんだ。それではこの世界が困るはず。俺に選択の自由など与えるべきじゃない。

 彼女のその優しさは、俺には向けられるべきじゃない。心を決めた俺にその優しさを与えたら、揺らいでしまいかねない。


「もし俺が、星冠の務めを果たさず自分の国に帰ったら、この世界を救う手立てはないんじゃないの?」


「今は、ね。でも、もうあと数百年もすれば、きっと何か別の方法が見つかるんじゃないかな」


 数百年などと軽く言っているが、その間にも、どれだけの人が脅威に晒され、文明は滅ぼされるかわからない。

 司官様や他の星姫たちの様子を見る限り、この機会を絶対に逃すわけにはいかない、次などないという、この計画に懸ける強い思いを感じた。

 彼女だってこの世界に暮らす星姫である以上、本当は同じような気持ちでいるはずだ。


「でも本当は、そんなに待ってられないんだろ?」


「それはそうだよ。本当のところを言えば、わたしたちはもう既に百年以上待ったんだから。そして今、ようやく百年越しに世界樹の遺跡に足を踏み入れることができるかもしれないって状況なんだよ。この期を逃せば次はいつになるか……」


 やはりそうだろう。前に探索部隊を派遣して、それは失敗していると司官様が言っていた。一度失敗している以上、今回への期待度は高いはずだ。

 彼女ももちろんそれをわかっていての発言ということのようだった。


「だから本当は、帰るなら、せめてこの世界を救ってからにしてほしい。どうか、この世界を見捨てないでほしい。たぶんみんなそう思ってる。それを踏まえても、わたしは、あなたはこの世界を見捨てる権利があると思う。それを選んでも、誰もあなたを責められないと思ってる」


「……狂ってる。こんなチャンス、みすみす見逃すのか? 俺の勝手な都合に、はいはいと従って世界が滅んだら、責められるのはあんたじゃないのか?」


「別にいいよ、わたしは責められたって。一族の長の判断としては間違っているかもしれないけれど、わたしは自分の誇りを曲げてまで、“正しい選択”に縋りたくはないから」


 彼女の真っすぐな目に見据えられて、何も言えなくなってしまう。


「あなたの話を聞いて、余計にそう思ったよ。急にこんな知らないところに連れてこられて、星冠だ星姫だって、わけのわからない説明をされて、決められて。知らない技術に囲まれながら、こうして名前も知らない、肌の冷たい変な女の横で寝かされている。嫌だって言っていいんだよ。周りはそれを許さない人ばかりかもしれないけれど、わたしは違う。誰が何と言おうと、わたしは一族を上げてあなたの意思を尊重すると、ここに誓います」


 そう言って、そっと俺の手を取る彼女。やはり、彼女の手は冷たい。異常なほどに、冷たい。

 でも今は、その冷たさが心地よくも感じた。


 人の温もりは安心の象徴だとか、優しさの象徴だとか、何故だかそう表現されることが多い。だけど、誰がそんなことを決めた? 温もりを安らぎと感じるか、冷たさを安らぎと感じるか。それは俺が決めることだ。


 彼女の言うことも、それと同じだ。周りなんて関係ない。自分は自分なのだ。


 俺が世界を救わなきゃ他に誰も救えないから救うんじゃない。俺が世界を救いたいと思うから救うんだ。救いたいと思わなければ、救わなくてもいい。

 自分がどうしたいかで、自分の行動を決める。それができる人は、カッコいい。彼女を見て、そう思った。

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