第5話 星冠の器

「化け物の脅威を退ける方法を求めて世界樹の遺跡に向かおうにも、肝心の化け物がそこにいる。それでは一向に調査もできず、ただ滅びを待つのみだ。だから我々は、その打開策を考案し、研究してきた。その研究のカギとなるのが、星冠ノヴァ——君というわけだ」


 この流れで俺の存在を話に出されると、嫌な予感がすぐに浮かんでくる。


「まさか、俺がその遺跡に調査に行くってわけじゃ……ない、ですよね……?」


「無論だ。かつても調査隊を送り込んだことがあったが、失敗に終わり、ほぼ全滅した。生身の人間では、とても調査などできる状況ではなかった。そこで我々は試行錯誤の末、意思を持った人形部隊を調査隊として送り込むことにしたのだ」


 俺が行くわけではないと知り、ほっと胸を撫で下ろした。

 しかし今度は逆に、その人形部隊とやらと俺と、何の関係があるのかと思ってしまう。ハゲの話はいまいち要領を得ない。


「その人形部隊を生み出すのが、君の役目というわけだ。もちろん君一人だけでできることではない。先ほども会っただろう? 人形部隊は、彼女ら星姫アステルの協力を得て完成へと至る」


 あの人たちはああ見えて、人形職人だったのか。それも、この世界の命運を担うほどの特別な人形……だからハゲよりも立場が上の扱いをされていたのだろう。


 バラバラだったピースが、着々と組み上がっていく感覚。


 よくわからないが、あの水はその特別な人形を作るための適性を調べるものだったのだろう。そう考えれば、この星殿アストレリアで起きたことはあらかた納得がいく。


 ただ肝心の、ここはどこで、俺はどうしてこんなところに来てしまったのか、どうやったら帰れるのかは、まだわからない。

 なんとなく直感的に、その問いはハゲに聞いても答えが見つからないような気がした。ここがどこなのかは知り得ることができるだろうが、恐らく俺の求めている答えとは違うものが返ってきそうな予感がしていた。

 しかしながら、淡い期待を込めて、一応尋ねてみる。


「変な質問かもしれないんですが……ここって、何て国ですか?」


「ここは英人族ナイーヴの王国・エリュシオンだが……?」


 ハゲは一瞬きょとんとしたような顔を見せたが、きちんと答えてくれた。


 ……やっぱりだ。まるで聞いたこともない国、地名。そんな一族もまったく聞き覚えがない。

 それなのに、言葉も通じるし、文字も読める。どうにも都合が良すぎるんじゃないか? やはり、夢の中だと解釈するのが妥当なのか? しかし夢というのは、自分の知識を基に作られるものだと聞いたことがある。

 少なくとも俺は、こんなハゲなど知らない。


「ついては、人形部隊を生み出すのに、君の力を貸してほしい。君はそれに見合う、いやそれ以上の器だと、魂量の儀ムジュレにて証明された。突然こんな重荷を背負わせてしまって済まない。だがどうか、どうか、この世界を救ってくれまいか」


 背の高いハゲが、深々と頭を垂れた。

 こんな俺に、気品のある大の大人が、こんなにも丁寧に接してくれている。もはや心の中とは言え、ハゲ呼ばわりするのも申し訳なく思えてきた。

 もう夢でも何でもいい。俺はこの世界に必要とされている。それだけで、充分に生きた心地がした。


 今まで何をするでもなく、無為に時間を浪費するだけの毎日。誰かに期待され、誰かに必要とされることなんてなかった。俺にしかできないことなんてなかった。

 でも今目の前に、俺を頼ってくれている人がいる。俺にしかできないことがある。

 だとしたら、迷うことなんてないと思えた。


 まだ帰れないと決まったわけじゃない。帰る方法を探すのを諦めたわけじゃない。でも、少なくともそれまでの間は、この世界を救うことに力を注いでもいいんじゃないか。


「わかりました。俺で良ければ、力になりますよ」


「ありがとう。その言葉が聞けて嬉しいよ。恩に着る」


 俺は司官様とがっちりと握手を交わした。険しかった司官様の顔が、この時は少し緩んだように見えた。


 すると司官様は、詳しいことは星姫たちを交えての方がいいだろうと言い出し、彼女たちが待つと言っていた天藍ラズルスの間へ場所を移すことになった。



 天藍の間は、俺がいた部屋から少し先にあり、入口の扉には、縁に沿って青い石がはめ込まれていた。これが天藍の間の由来だろうか。


「くれぐれも、失礼のないようにな?」


 また、司官様に念を押された。俺はそんなにもそそっかしく見えるのだろうか。


 司官様が扉をノックすると、どうぞ、と朗らかな声が返ってくる。


 扉を開けた先は、何とも華々しい光景が広がっていた。

 さっきまで俺たちがいた部屋とは違い、置かれているソファやテーブルは凝った装飾が施され、きらきらと煌めくような照明が部屋一帯をきらびやかに見せている。

 部屋の中からは、ふんわりと、仄かに甘く、つんとするような香りが漂ってくる。まるで鮮やかな花園にいるかのように錯覚してしまうほどの芳しさ。

 そして、その部屋の中にいるのが可憐な装いの美少女たちなのだから、空間の質そのものが違うと言っていい。


「あら、いらっしゃい。司官様に説明はしていただいたのね?」


「ええ、まあ……」


 深い赤目の女性に促され、テーブルを挟んで彼女らの向いのソファに座る。


 有名アイドルや女優にもまったく引けを取らないような美少女と、こんなに間近で話す機会など、生涯でそうはないはずだ。こんなことなら、一度でいいから握手会にでも行ってみて、美少女耐性を多少なりとも付けておけば良かった。

 そう思えるほど、彼女たちの美しさは俺には際立って眩しく映った。


「それでは、貴方は星冠の使命に従うと、そういう認識でよろしいんですのね?」


 ミルフィエール様に、先ほど司官様にもされた質問を改めてされる。

 俺は彼女らと共同開発をする立場になるわけだから、重要なのは司官様に対してより、彼女らに対しての意思表示だろう。


「はい、よろしくお願いします」


「ええ、こちらこそ。貴方はわたくしたちのことをご存じないとのことですから、ここでお互いに名乗っておいたほうが良いかもしれませんね」


「なんか、すみません……」


 根に持っているのか無意識か、ミルフィエール様は自分のことを知らなかったということを、繰り返して話題に出してきた。少し悔しそうにも不機嫌そうにも見えるその顔に、“知らない”ということを申し訳なく思ってしまう。

 きっとこの国、ひいてはこの世界で彼女らを知らない者の方が少ないのだろう。だから、自分を知らないという者に名乗る機会などそうはないのだろう。もしかしたら、名乗ると言うこと自体が屈辱だと感じているかもしれない。


 無知ということがこれほど恥ずかしく、愚かしいことだと感じたのは、初めてだった。

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