第2話
二階はそのまま広々としたホールのようになっていて、お店のメインの階層になっている。丸テーブルとソファがいくつも並べられ、カウンターではちょっとした食べ物や飲み物が供される。
店員は、コスプレをしたり、ドレスを着たり、制服を着たり、私服のままでいたりと思い思いの恰好をした若い女たち。給仕をしたり、客の話し相手になったり、とにかく客を満足させるのが仕事だが、基本的に接触禁止がこの店のルール。未成年者も働いているため、お酒も基本的には供されない。
そもそも、こういったお店でありながら営業時間が夜の九時までというのは、酔いつぶれた客を寄り付かせないためでもあった。
それがここ、リフレ店“マリエ”での、
ハルは迷惑な客の監視も兼ねて、各テーブルから空いたグラスや皿を片付ける。カウンターでは、店員の女の子が食器を洗っていた。
「おい、ナナ。お前、朝からだろ。ちゃんと代わってもらえよ? 手荒れるぞ」
ハルにそう言われて、彼女は一瞬何を言われたのか戸惑うような表情を見せたが、すぐに彼にお礼を言って、水を止め、別の女の子を呼びに行った。
本当なら、彼が彼女と代わってやりたかったが、そうもいかない。彼にも彼の仕事がある。
「いや、あの……そういうのは、ちょっと……ごめんなさい」
「えぇ~、いいじゃ~ん。ちゃんとお金払うからさぁ~」
「そうだよぉ。こんなところで働いてるってことはさ……お金、欲しいんでしょ? 奮発しちゃうよぉ~?」
気の弱そうな店員の女の子の両脇に、派手なスーツの男たちが挟み込むようにして座り、彼女の許可もなくその柔肌に触れる。
それを見るなり、ハルは早歩きで彼らのいるテーブルへ向かった。
「お客様、当店では女の子への接触行為は禁止しております。おやめくださいますよう、お願いします」
ハルが強引に、二人の手を女の子から引き離した。それに反発するように、男たちはリンに食ってかかった。
「だから、オプションで追加料金払うって。ちょっと触るくらいいいじゃん。触るの禁止って、生殺しかよ」
「そうだそうだ。禁止っても、どこの店だってそういうの、黙認してるぞ」
一向に退く様子の見えない彼らに、仕方ない、とハルは男の一人を乱暴に掴み上げ、宙へ放り投げる。投げられた男は空中でもがきながら、壁に備え付けられたダストシュートのようなダクトへ吸い込まれていった。
「やめろ……! 助けてくれ! 誰かぁ~……!」
情けない叫び声がだんだんと遠くなっていく。それを聞いて、もう一人の男が震え出した。
「お、おい、何だあそこは?! 悪かった! 許してくれ、頼む!」
そんな男の言葉も聞かず、ハルは彼もダストシュートへ投げ込んだ。
このダクトは滑り台のように、入り口前に放り出されるようになっている。緊急時の脱出経路であるとともに、こうして厄介なお客様にお帰りいただくための経路としても使われていた。
「大丈夫か?」
ハルが女の子の様子を伺うと、彼女はぺこりと彼に頭を下げた。
「はい、ありがとうございました!」
そして周りには聞こえないように、火照ったような視線を向けて囁く。
「
「……その呼び方はやめろ」
褒められているのか馬鹿にされているのか絶妙にわからない呼び方に、ハルは戸惑ってしまう。嬢たちの間でその呼び名が広まり、意味もわからず彼の愛称として浸透してしまっているらしかった。
しかし、この時の彼にはそんなことを気にしている余裕はなかった。彼女の首筋に、ぼうっとアザのような紋様が浮かんでいたのだ。これはハル含め、限られた人間にしか見ることはできない。だから、彼女自身や周りの嬢が気付かないのも無理はなかった。
「ルリ、今日帰る前にオレに一声掛けろよ? 必ずだからな?」
はい、と彼女が小さく返事したのを聞き届けて、ハルは急いで一階へ駆け下りる。
放り投げる際に男たちから掠め取っていたリストバンドを二つ、受付の女の子へ渡し、今日の入場者と照合させた。
このリストバンドはICチップが入っており、入場証として使われている。この入場証を利用して顧客管理を行っているため、問題のある顧客がいれば、IDと利用日から情報を調べることができる。
「こちらです」
ハルは受付の嬢から資料を受け取り、すぐに何かを書き込む。かと思えば、受付の奥、従業員スペースにいるであろう店長へこれを渡すよう、受付の嬢へ差し戻した。
そして再び、慌ただしく二階へと上がっていった。
◇ ◆ ◇ ◆
ルリは今日は終業までのシフトで、営業時間が過ぎた後の後片付けまでを任されていた。片付けを終えて私服に着替えた彼女は、言われた通り、恐る恐るといったようにハルに声を掛けた。
「あ、あの……私、そろそろ上がりますけど」
上階の戸締りをしていたハルは、階段下からひょこっと顔を覗かせる彼女の元へ、急いで戻ってくる。
「悪いな、今日あんなことがあった後だから、一応、送ってってやろうと思ってさ。すぐ支度するから、もうちょっと待っててくれるか?」
「あ、はい! ありがとうございますっ!」
嬉しそうに顔を綻ばせるルリを尻目に、ハルは店長にアイコンタクトを送り、着替えて荷物をまとめる。
支度が済んだところで、彼はルリを引き連れて、お先に失礼します、と店を出た。
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