ルミナス

斎花

第1話

「……それで、また一人引き抜きたい、と」


 窓のない手狭な応接室。黒と茶色を基調とした厳かな内装で、中央にはガラステーブルと黒いソファが備えられている。そこにゆったりと腰かける少女は、受け取った資料に目を通し、呆れたようにテーブルへそっと投げ置いた。

 そして、黒いミニスカートから伸びる黒いタイツに覆われた脚を組み直し、向かいの相手に鋭い眼差しを向ける。


「そうなのよォ~。また人手が足りなくなっちゃってねェ」


 少女の向かいに座る、桃色の短い丈のシャツと青いジーンズの筋肉質な男。

 しっかり化粧された顔に、わざとらしいくらい女性らしい口調、仕草。見た目はいくらか女性に寄せていても、彼がれっきとした男であることは疑いようがなかった。


「つい二週間前にも新しい人材を送ったはずだが。言っておくが、売ったわけじゃない。貸し出しだ。貸し出した人材をこう何度も壊されて・・・・は、信用問題になるぞ?」


「いやァねェ、ぎんちゃん。こんなの事故じゃない。ちゃんと補償もしてるでしょう? ……それともなァに、アタシたちがわざと壊した・・・って言いたいの?」


 しばしの間、睨み合う両者の間に沈黙が流れる。どこか居心地の悪い空気は、少女の背後に控えていた二人の黒スーツの男たちが、そわそわし出すほどだった。


「……人材の選定はこちらに任せてもらう。今夜までには送り届けるようにしよう」


 観念したように、ため息交じりに口を開いたのは吟。男が提示した申請書にサインし、黒服の一人に手渡した。

 そんな彼女の様子を見て、男は嬉しそうに跳び上がった。


「ありがとォ~! さッすが吟ちゃん! それじゃ、よろしくねェ~」


 用は済んだと、浮かれたように鼻歌を歌いながら廊下を歩いていく男。それに吟が長い黒髪を振り乱しながら後ろから歩調を合わせ、並びかけた。


「……おい、またニュースになっていたぞ。精が出るのはいいが、派手にやり過ぎるなよ?」


 和風の屋敷の長い廊下を並んで歩くも、二人は互いに顔を向けることはない。


「ご心配ありがと。でも大丈夫。うちのスタッフは優秀だから」


「その驕りに、いつか足元を掬われると言ってるんだ」


 吟の忠告に耳を貸そうとしない男に、彼女は思わずキッと睨み上げた。それに気付いたらしく、男はなぜか嬉しそうに、ニヤリと笑みを溢した。


「あらあら、今日はいやに優しいのねェ、吟ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫よ。……ハルちゃんのことはちゃんと守るわ」


 あからさまに動揺して、吟は歩調を乱してしまう。それを誤魔化そうと、どさくさに紛れて男に足を掛けようとするが、簡単にかわされてしまった。


「おい、あいつは関係ないだろ。なぜ話題に出した。刺されたいのか?」


「おォ~怖。すぐ刺す子は嫌われちゃうぞ☆」


 挑発するようにウインクを投げかける男に、吟は懐から小刀を取り出し、刃を光らせて見せる。

 さすがにやり過ぎたかと、男はごめんごめん、と平謝りしたかと思ったら、急に真面目な声色に変わる。


「このアタシが、あの子を不幸になんかさせないわ。それだけは約束する」

「……その言葉、信じるからな」



 男を玄関まで見送って一人になった吟は、来た道を引き返し、屋敷の奥へ向かっていった。その足取りはどこか重く、彼女・・に伝えなければならない言葉に胸が締め付けられるようで、呼吸も思い通りにいかない気がしていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆



 男は繁華街の駐車場に車を停め、まだ真昼間だというのに流れるように人がごった返す商店街へ入っていく。

 商店街から一本裏の通りへ入った場所にある、二階建ての店舗。可愛らしい飾られた外装に、店先には鉢植えの花が咲いている。入り口に置かれたブラックボードには、簡単なメニューが書かれていた。

 男は裏手から店の中に入る。従業員専用の入り口を、大きな身体を少し屈めて潜り抜けると、その中にいた少女たちに口々に挨拶を受けた。


 そのうちの一人が、緊張したように男に頭を下げた。


「お疲れ様です、店長!」


「ご苦労さま、アリナちゃん。そんなに堅くならなくっていいのよ。そ・れ・と、店長じゃなくて、シ・ズ・ちゃん」


 シズちゃんと呼ぶよう、男に優しく指導されて、アリナは改めてフレンドリーに挨拶し直してみる。


「え~っと……シズちゃん、おかえり~!」


「はい、ただいまァ~」


 アリナの随分と砕けた挨拶に、シズは満足そうに微笑んで、従業員スペースの奥へと入っていく。


「……おかえり」


 執事服を思わせる店の制服に身を包んだ青年に出迎えられ、あら珍しい、とシズは驚いた素振りを見せる。


「ただいま、ハルちゃん。上はお暇なの?」


 少し疲れたように休憩スペースの椅子に腰掛ける青年は、大きな欠伸を一つして、眠そうな目を擦る。

 そんな彼の様子を見て、彼に負担を掛け過ぎているかもしれないと、シズは一瞬だけ笑みを絶やしてしまう。吟にも約束した手前、彼を過労死なんてさせては向ける顔もあったものではない。


「ちょっと休憩。今日はセンも来てるし、カガミさんもいるし、ちょっとくらいいいだろ。それより、大吟嬢・・・のところはどうだったんだ? 人手はもらえたのかよ?」


「そりゃあもちろん! 手ぶらでなんて帰れないわよ。ま、いつもの大吟嬢・・・っぷりだったけどねェ」


 まったく、本人に大吟嬢なんて言ったらアンタ殺されるわよ、と、何度言ったかわからない言葉を吐いて、シズは更衣室へ入っていく。


「アタシは新入りちゃんの準備するから、上はしばらく任せたわよって、カガミちゃんに言っといてね」


「へいへい。じゃあ、オレもそろそろ上戻るわ」


 一度うーんと伸びをして、ハルは気怠そうに上へ続く階段を上がっていった。

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