第二話 三十五キロのシンデレラ

「私が採用する」


 白い衝立(ついたて)の陰から、体格の良い中年の男が現れた。

 雅は驚きで固まってしまったが、担任は冷静だった。


「突然申し訳ありません。株式会社静岡ヘルシーウインナーで、陸上部の監督をしております大田と申します」


 大田と名乗る男は、少しお腹は出ているものの、長身で紺色のスーツをぴしりと着こなしていた。


「先生、一体どういうこと?」

「大田さんがどうしても雅さんを自分の会社に欲しいとおっしゃって、今日の面談になったんだ」


「それなら話が早いわ。話は全部聞いていたんでしょ? 私こそが陸上界で話題をさらった『三十五キロのシンデレラ』。一万メートルなら三十二分四十五秒。これでも、れっきとした日本記録保持者よ」


 雅は一気にまくしたてた。


「でも、一万メートルなんて所詮はフルマラソンに転向するまでの橋渡し。肝心のフルマラソンでは、三十五キロまでなら世界トップクラスで走れるけれど、いつもそこでスタミナ切れ……。こんな成績じゃ、企業のコマーシャルにはならないわ!」


 雅はべそをかきながら叫んだ。  給水ミスをはじめ、レースのたびに不運が重なり、どうしても結果に結びつかなかった。


その上、初めて走ったマラソンで、三十五キロまでは世界新記録のペースで走ってしまったばかりに、一躍陸上界の注目を集めてしまった。

 翌日から、新聞もテレビも、同じ場面ばかりを繰り返し映した。

 その結果「悲劇の女王、三十五キロのシンデレラ」。そんなニックネームまで付けられる始末だった。


 

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