第3話 褒められたいお年頃

 朝日の差し込むリビングで、対面に座るミルファと朝飯を食う。


 この4年、飯の準備は全てミルファに任せてしまっている。

 俺も一人暮らし歴は長い。だから手伝うと言っているのだが。



『お忙しい身であるお師匠様に、雑務を任せる訳にはいきません!』



 との事。


 いや、忙しくはないんだが……。

 いつも同じことしかしていないし、この子は俺の何を見ているんだろうか。


 塩っけの効いたスープを飲み、保存性の優れた黒パンを噛みちぎる。

 取れたて、焼きたての魚を臓物ごと食い、苦味や香りを堪能していると、ミルファはどこかそわそわとしていた。



「どうかしたか?」

「ふぇっ!? あっ、その、あば……!」



 話し掛けたら、急に慌てるし……どうしたと言うのだ?



「不安事か、疚しい事か。話すなら今だぞ」

「そっ、そそそそそそんな、滅相もない……! ただ、その……」



 もじもじ、もじもじ。



「きょ、今日の朝ごはんは如何でしょうか……!」

「……は? 朝飯?」



 如何も何も、美味いが?



「いつもと同じだ」

「そ……そうですか」



 今度は肩を落とした。

 え、俺今、褒めたよな? 何故落ち込む必要がある?


 年頃の女の考えることは、よくわからん。


 いやそもそも、女と接してこなさすぎて、いつも何を考えているのか不明だ。


 ……まあ、気にしても仕方ないか。






 朝食を食べ終えた後は、自由行動だ。


 親指のみで逆立ちをし、足裏に巨石を乗せながら、3つの岩を魔術で浮かばせる。

 心と体を鍛えつつ、魔術制御の技を鍛えるのに効果的なんだ。


 俺の師匠としてのモットーは、『考え続けろ』。


 魔術の基本は魔力のコントロール。

 魔術式は肉体に刻まれていて、各魔術師で変わる。


 だから『教えられる部分』と『教えられない部分』があり、ミルファは『教えられる部分』をアルフロードから教わっていた。


 だからこの4年は、ずっと考えろと。考え続けろと教えた。


 眠り、起き、瞑想し、飯を食い、クソをし、日常生活を送る中で、考える。


 それ以外に出来ることはない。

 魔術とは、己の心と向き合う自己鍛錬が物を言う世界だ。


 ……と言うのは建前で、こうすればミルファと関わることも減るからだ。


 あの娘、スタイルが恵まれすぎているからな。

 下手に距離が近いと、俺の【禁欲】に触れかねない。

 それだけはあってはならない。


 ……と、思っているんだが……。

 片目を開け、ちらりと横を見る。


 隣では、俺と同じ格好で、三回りくらい小さい岩でバランスを取っているミルファがいた。


 目を閉じ、呼吸を繰り返している。

 集中して俺の視線も感じていないようだ。


 ……胸が重力で、大変なことになってるけど。大丈夫? 顔埋もれてない?


 自由行動。4年前から言っているのだが……何故かこいつは、俺の真似事ばかりする。


 1人になるのが怖いのか、それともこれが強くなる最前の道だとわかってのことか……。

 わからないが、邪魔にはならないので放置でいいだろう。


 2時間きっかり。巨石を魔術で浮かばせて元の場所に戻すと、ミルファも岩を蹴り上げて体勢を戻した。



「はふ……」

「だいぶ慣れてきたな。次からは一回り大きな岩でやってみろ」

「本当ですか!?」

「む? ああ」



 嘘をついてどうなる。


 修行というのは、より負荷の強いものでなければならない。

 慣れは敵だ。慣れてきたら、更に上の負荷を与えるのみ。


 ……なのだが、どうしてそんなに嬉しそうなんだ? 不思議な子だ。



「あ、あの、お師匠様。少しお願いがあるのですが……」



 ほう、珍しいな。この子がわがままを言うなんて。


 俺も親代わりだ。ミルファのわがままは、出来ることなら聞いてやりたい。



「なんだ? 俺の出来る範囲でなら、なんでも聞いやろう」

「……なんでも?」



 ──ゾクッ。


 な、なんだ、今の悪寒は。

 俺、何か変なこと言った……?


 喉を鳴らして、唾液を飲み込む。

 ミルファは真剣な眼差しで、俺の目を見つめてくる。


 一体、何をお願いされ……?



「それでは……組手をお願いできますか?」

「……え、組手?」



 なんで組手??


 訳がわからず首を傾げていると、頬を染めて指先をもじもじした。



「そ、それで……わ、私がすごーく成長したと思ったら……な、なでなでして、ほしいです……」



 …………????



「何故だ?」

「〜〜〜〜ッ……! や、ぇと、しょの……! お、おじい様が、よく出来たら褒めてくれて、あにょ……!」



 ふむ、なるほど。だから朝飯の時も、何か言ってほしそうだったのか。



「お前は褒められたいのか」

「は……はぃ……」



 ……俺には、よくわからん感情だ。


 他人に褒められてどうなる。

 魔術の世界は、どこまで行っても結局は自己との対話だ。

 己の中の真理を追求するのに、他者の評価は不要。


 ……と、突っぱねても良いのだが。



「わかった。では、俺を満足させてみろ」

「はっ……はい! 私、頑張っちゃいます!!」



 やる気十分。魔力も漲っておる。


 ……けど、胸の前でガッツポーズはやめろ。今にも服が弾け飛びそうだから。

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『無欲の魔術師』と呼ばれてるけど、単純に【禁欲】しているだけです。 〜敵より弟子の無自覚ボディタッチの方が恐ろしい〜 赤金武蔵 @Akagane_Musashi

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