第2話 瞬殺

   ◆◆◆



 ミルファがここに来て、早くも4年が過ぎた。


 アルフロードが死んで、もう4年も経つのか。時の流れは早いな。

 朝日が昇る前に小屋から出て、肺いっぱいに深呼吸をする。


 この澄み渡った夜の空気が好きだ。

 この為に、ここに小屋を構えていると言っても過言ではない。


 軽くストレッチをして、寝起きの体の凝りを解す。

 しばらくすると、離れの扉が開いてミルファが起きてきた。


 さすがに母屋で一緒には暮らせない。

 今は年頃の女の子だ。色々な事情や思う所もあるだろう。



「ふあぁ〜……お師匠様、おはようございましゅ……」

「おっ……おはよう、ミルファ」



 完全に寝起きだからか、膝上タイプの長いワンピース型の寝間着に身を包んでいる。

 肩まで袖がなく、胸元がガッツリ開いてるから、目のやり場に困るんだよ……。


 胡座をかいて座っている俺の横に正座して、同じく深呼吸を繰り返す。


 その度に、この4年でビックリするくらい成長してしまった胸が……。


 たぷん……ゆさ……ぷるん……。


 揺れて、揺れて、揺れて……って、何を考えてんだ俺は!?


 煩悩を振り払うように頭を振る。それはもう、ちぎれるんじゃないかってくらいに。



「お師匠様?」



 あ、やべ。



「な、なんでもない。朝の瞑想を始めるぞ」

「はい!」



 目を閉じ、意識と魔力を平常に保つ。


 そうだ、これも修行だ。

 煩悩に振り回されてたら、『無欲の魔術師』は名乗れんぞ。


 呼吸と共に、全身を巡る魔力を感じる。


 長い年月を掛けて練り込まれた魔力が、洗練されていく。

 本来は瞑想なんてしなくても、常日頃から出来るのだが、今はミルファもいるからな。手本は大切だ。


 どれくらい瞑想をしていたのか。

 いつの間にか山の向こうから朝日が昇り、俺たちを照らした。



「やめ」

「はい」



 朝日が昇り始めたら、瞑想は終了だ。


 そっと息を吐き、立ち上がる。

 ミルファはじっと朝日の昇る方角を見つめ、手を組んで祈り始めた。


 あっちは、ミルファとアルフロードが住んでいた方角だ。

 毎朝、日が昇るとこうして祈りを捧げている。ミルファの日課だ。



「……お待たせしました、お師匠様」

「いや、問題ない。朝飯にしよう」

「はい!」



 ミルファが準備の為に、母屋へ入っていく。


 その間に、俺は水桶を担いで川へ向かう。

 飯はほとんどあの子に任せっきりだ。水くらいは汲まなければな。


 住処から一番近い川へ到着。

 2つの桶に水を溜めると、野生動物が集まっていた。

 ここは自然のもので、近辺では唯一の水飲み場だからな。


 俺の隣で水を飲む多角鹿の背を撫でた──その時だった。



「ん?」



 結界内に、邪な気配が……?

 俺の探知から遅れて、動物たちが逃げ出す。


 この気配は……やれやれ、魔物か。

 深々とため息をついて、桶を地面に置く。


 このまま放置して消えてくれるのを待つのも良いが、ミルファもいるからな。


 軽くその場で伸びをする。

 気配の位置は、上空か。


 人差し指と中指を伸ばし、指先に魔力を集中する。


 魔力が黄金の軌跡を刻む。

 俺の周囲に円を描き──千切る。

 直後、瞬きの間に目の前の景色が切り替わり、眼前に巨大な怪鳥の姿が現れた。


 反応する暇は与えない。一瞬だ。


 開いた両手を上下に突き出す。



「【開】」



 手の平に魔力が集中する。

 間の空間が歪み、怪鳥の頭を包み込むと──



「【閉】」



 ──ブチュッ!! 頭部が潰れた。


 力なく地上に向かって落下していく怪鳥。

 空間に足場を作って、奴の元へ降りていく。


 瞬殺だったが、随分と巨大な怪鳥だな。血抜きをして、今日の夕飯にしてしまおう。



「ふぅ。……む?」



 超スピードで飛んでくる気配に、思わず片手を飛来物に向かって突き出した。



「ほぎゃ!?」

「あ、ミルファか。すまない」



 見えない壁に阻まれ、潰れたカエルのようになっている。

 反射的にやってしまった。悪かったとは思ってる。


 魔術を解くと、前のめりになって倒れた。

 が、直ぐに起き上がった。



「お師匠様っ、大丈夫ですか!?」

「誰に物を言っている。俺がこの程度の雑魚に負けるはずがないだろう」

「そ……そうですね。はふ……」



 安堵の息を漏らして、胸を撫で下ろす。

 相変わらず、身内の死というものに敏感だな。


 小さいうちに両親が死に、唯一の肉親であったアルフロードも死んだ。


 いくら血が繋がっていないとは言え、親代わりが死ぬのが余程怖いと見える。



「それより……なんて格好だ、ミルファ」

「え、変ですか?」



 朝食の準備中だったのか、私服の上にエプロンを身に付けている。

 けど後ろを紐で結んでいるから、胸の辺りが大変なことになっていた。


 テント……いや山脈だ。


 一般的に見たら普通なんだろう。服の上にエプロン。極めて健全だ。


 が、しかし。女に慣れていない俺には刺激が強い。強すぎる。

 なんだ、その張り出しは。不健全だ。ドスケベにも程があるぞ。


 けど、ここで何か言おう物なら、変態オヤジ扱いされてしまう。

 ゴミカス扱いされ、終いには「『無欲の魔術師』は性欲猿」と流布されてしまうだろう。


 そんなこと、断じてあってはならない。



「ぐ、ぬ……す、すまん。気のせいだった」

「そうですか? あっ。わーっ、大きな鳥! 今晩はチキンステーキですね!」



 わーい、と怪鳥に近付き、ナイフで解体していく。

 さすがに肝が据わってる。こんな巨大な亡骸相手でも、臆していない。



「ミルファ、後は頼んだ。俺は水を家まで運ぶ」

「お任せ下さい!」



 血のついた顔で満面の笑みの美少女。

 弟子だけどちょっと怖い、と思ったのは秘密にしておこう。

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