『無欲の魔術師』と呼ばれてるけど、単純に【禁欲】しているだけです。 〜敵より弟子の無自覚ボディタッチの方が恐ろしい〜

赤金武蔵

第1話 無欲の魔術師

 俺の魔力は、【禁欲】で強化される。


 本来、性欲として吐き出される力を己の魔力へ変換し、様々な魔術を自在に操る。


 いつしか人は、俺を『無欲の魔術師』と呼び、畏れ敬った。


 が……俺の生活は、特に面白みのあるものではない。


 朝起きる。

 顔を洗う。

 鏡を見る。

 小じわの目立つ顔が映っている。


 禁欲のお陰か年齢に見合わず老けてはいないが、どことなく覇気を感じない。


 一人暮らしの小屋は娯楽が一切なく、静まり返っている。


 こんな生活を続けて、早20年。

 気づけば今年で35歳か。



「……よう、ゼルべ。こんな人生で良かったのか?」



 鏡に映る俺に問い掛けた。

 もちろん、返事はない。


 同世代の友人たちは、みんな家庭を持っている。

 遠く離れた両親からも、孫の顔が見たいと言われる始末だ。


 この修羅道を歩いているのは、俺一人。

 自重を込めて深々とため息をつく。

 後悔はない。が……。



「禁欲する前に、童貞くらい捨てておくべきだったな」



 日に日に増していく性欲。

 夢にまで女の裸が出て来ては、悶々としたまま起きる毎日。


 正直に言おう。

 めちゃくちゃドスケベしたい。


 だが、今更女性と仲良くする方法なんて知らない。

 そもそもこんなおっさんとよろしくしてくれる人がいるとは思えない。


 それに、俺の魔力は禁欲ありきだ。

 だから最強であり続けるために、禁欲は続けなければならない。


 悶々とした気持ちを抑え、深く息を吐いた。


 そうだ、朝日を浴びよう。それがいい。


 シャツを脱いで小屋を出る。

 陽光を全身に浴びる。気持ちがいい。


 人目のない山奥だから出来ることだ。もし町中なら、ただの変質者だな。



「……ん?」



 俺の張った結界に、2人侵入してきた。

 1人はわかる。昔馴染みだ。


 けど……もう1人は、誰だ?


 見覚えのない人の形。魔力の波形も知らない。

 あいつ、弟子でも取ったのか?


 山を登ってくる2人を待つと、ようやく見えてきた。


 1人はローブを纏い、髭を蓄えたジジイ。魔術師仲間のアルフロード。

 もう1人も同じローブを纏っているけど、フードを深く被っていて顔は見えない。


 ジジイは俺を見て、朗らかな笑顔を浮かべた。



「ゼルべ。久しいな、息災か?」

「まあな。老いぼれのくたばり損ないに較べたらマシな方だ」

「ほっほ。言いよるわ、小童が」



 ジジイと握手をして、後ろに目を向ける。

 俯いてモジモジと……何をしてんだ?



「アルフ、弟子か? 老い先短いのに」

「ちゃうわい。孫じゃ」

「孫ぉ?」



 あ……そう言えば手紙が来てたな。孫ができたのどうのって。


 もうこんなに大きくなったのか。



「では、顔見せって所か」

「それだけじゃないぞい。ちょいと頼みがあってな」



 アルフが孫の背を押して前に出す。

 ちょっとよろけながら一歩出て、震える手でフードを捲った。


 ──悪寒がした。


 俺の全てを見透かす、透明感のある瞳。

 それを際立たせる長いまつ毛。


 絹糸を紡いだかのような純白の髪は、陽光を反射して月のように輝く。


 幼いながらも完璧に作られた造形美。

 人と言うよりは、創造物としての完成系。


 本当にこの世の者か怪しくなる。人を見て、こんなにも恐ろしいと思ったのは初めてだ。


 ……と言うか。



「……女、か?」

「手紙にも書いただろう。孫娘のミルファじゃ」



 そうだったか? 忘れた。興味も無し。


 ミルファをじっと観察する。

 俺に見られて恥ずかしかったのか、ほんのり頬を染めてまた俯いた。


 なるほど……アルフロードの孫なだけあり、魔術の才能は並ではない。魔力も漲っているな。



「孫自慢か。まあこんな所でもなんだ。茶ァくらい出すぞ」

「いや、少々急いでいてな。用が終わったら行く場所があるのじゃ」



 ……わざわざ孫を自慢するために来た、って訳じゃなさそうだな。



「何かあったのか? 知らん仲ではないからな。俺で出来ることなら協力してやらんこ事もない」

「ほっほ。お前ならそう言ってくれると信じていたわい」



 アルフが孫娘の背を押し、俺の前に立たせた。



「ミルファがな、どうしてもお前の弟子になりたいんじゃと」

「断る」



 ──空気が死んだ。



「ど……どうしてもぉ?」

「ジジイがキュルルン顔見せんな。需要が絶無だ」



 頭を抱えて、首を横に振る。

 何を言い出すのかと思えば、そんな突拍子もない。



「大体、お前の息子夫婦はどうした。あれらも、中々筋のいい魔術師だっただろう」

「死んだよ。10年前の大戦に駆り出されてな」



 アルフロードの言葉に、ミルファが顔を伏せた。

 魔力の波長が乱れたが、もう落ち着いている。コントロールの基礎は完璧だな。



「……その割には、サラッとしているな」

「もう時間が癒してくれた。それに、奴らも魔術師なんじゃ。絶対的幸福な死など、ありはしない」

「……それもそうだな」



 俺の見てきた魔術師も、戦ってきた魔術師も……みんな最後は、後悔と懺悔を胸に死んで行った。


 絶対的幸福な死、か。

 ──あえて言おう、くだらん。


 俺たち魔術師は、それを捨てて魔術の真理を探究している。それ以外のことはどうでもいい。

 ……まあ、この考えを他人に押し付けるのはエゴか。



「だとしても、俺は弟子は取らん。他を当たれ」

「無理じゃのぅ。時間も無いし」

「時間? さっきも急いでいると言っていたが……」



 ん? ……待て、まさか。

 じっとアルフの体を注視する。

 よくできているが……これは。



「複製体か」

「ほーほっほ。うむ、さすがゼルべじゃ。本物と瓜二つに創ったが、もう看破されたか」



 嬉しそうに笑いおって。



「死ぬのか、ジジイ」

「うむ。もうそろそろ、儂の寿命も尽きる。そうなるとミルファは天涯孤独。可愛い孫なんじゃ。どうか頼む」



 小さく頭を下げるアルフロード。

 その姿を見て、ミルファは目に涙を溜める。


 …………。

 俺は、女の涙程度では屈しない。

 俺は、他人の死程度では揺るがない。

 

 だが……アルフロードが残した魔術体系が滅びるのは、捨て置けない。



「……ミルファ、歳は?」

「じゅ、12歳です」

「なら、お前が20になるまでは面倒を見てやろう。その後は好きに生きよ」

「はっ、はい!」



 嬉しそうに笑うミルファを横目に、アルフへと視線を戻す。



「それでいいな?」

「ああ、問題ない。ありがとう、我が友よ」



 朗らかに微笑むアルフロードに、思わずため息が出る。

 昔は『東方の鬼神』と恐れられたジジイも、今ではただの好々爺か。時の流れとは残酷なものだ。



「それでは、儂はもう行く。埋葬も終活も全て、死後に発動する魔術で終わらせるつもりじゃ。墓参りは……まあたまには来てくれ。儂、寂しんぼじゃから」

「気が向いたらな」

「ほっほ。ああ、それで良い」



 ジジイはミルファに向き直り、そっと頭を撫でた。

 少女の目には涙が溜まり、泣き崩れるのを我慢しているようだった。



「ミルファ、強くなりなさい。この世界は強い者が勝ち、弱い者は淘汰される。お前は、常に強者であり続けなさい」

「おじい様……はい……はいっ……!」



 ミルファはアルフに抱き着き、声を押し殺しながらすすり泣く。

 ……常に強者でいなさい、か。

 この世界で、それがどれだけ難しいか。……ミルファの呪いにならないことを、祈るばかりだな。

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