第3話 闇の王




――死んで、ない……?



「――貴様は!!」



国王の驚愕が震えるように響き、私は固く閉ざしていた瞼をゆっくりと持ち上げた。


視界に飛び込んできたのは、私の知らない広く逞しい背中。


国王の剣を真正面から受け止めるその男の姿だった。



金の瞳。漆黒の髪。


そして、肌を刺すほど濃密な“闇”の魔力。

素人の私でさえ息を呑むほどの、桁外れの力。





闇の国の王――ハリヤー・エドウィン。





肉親すら手にかけ、第二王子という立場をねじ伏せるように王座を奪い取った男。


気に入らぬものは、正義であろうと消し去る。


理不尽と無慈悲を合わせ呑む、天魔の闇の王。



そう、噂に聞いていた。



その男が今、私の前に立ち、まるで庇うように国王の刃を受け止めている。



――どうして?



混乱する思考を掻き乱すように、低く響く声が耳元に落ちた。



「お前が、鍵か。」


「一体貴様、どうやってここに入り込んだ!!」



怒号する国王をまるで無視し、闇の王は私の顔を一瞥して、不敵に口の端を吊り上げた。



鍵。



その意味がわからない。

だが、胸がざわつく。



「何を突っ立っている! あいつを斬れ!!」



父の命令に騎士たちが我を取り戻し、一斉にハリヤー・エドウィンへと殺到した。



「チッ……蛆虫どもが。」



低い舌打ちの直後、殺到した騎士たちが次々と薙ぎ払われていく。


剣も魔法も通じない。


触れたそばから闇に侵食され、床に倒れ伏していく。



「死ね!」



闇の王の背後から飛びかかった騎士に、鋭い咆哮が重なった。先ほど私たちを襲った獣神――巨大な狼が影のように飛びかかり、たやすくその喉笛を噛み砕く。


床に流れる血の匂いが、息を苦しくさせた。


その混乱の中央で、闇の王は静かに私へと歩を進める。


胸ぐらを掴まれ、強引に立たされる。顎を指先で持ち上げられ、黄金の瞳に捕らえられた。



吸い込まれそうな深い闇。


見つめ返していなければ、心ごと飲まれてしまいそうになる。



「もう一度聞く。お前は鍵か。」



喉が震えて、返事が出ない。

けれど、視線だけは逸らさなかった。



「知らぬふりか。」


「……」



その時――。



「リーフィス!!」



血に濡れたソレイユが、最後の力で私の名を呼び、燃え上がる剣を振り下ろした。


だが、闇の王は私を掴んだまま、その一撃を指一本触れずに弾き飛ばす。



「ソレイユ!」


「その手を離せ……闇の王。」



怒りに震える声。しかしその身体は深い裂傷に覆われ、左腕はぶらりと垂れ、血が滴っている。右目もほとんど見えていない。


勝てるはずがない。

それでも、立ち向かってくれた。



「威勢だけか。」



ハリヤー・エドウィンはソレイユの斬撃を避けると、壊れかけた左腕を無造作につかんだ。



「ッ……ぐ……!」



掴まれた腕が稲妻のようにひび割れ、青黒く染まり、漆黒へと変わっていく。


壊死――そんな魔力、見たことがなかった。


床に崩れ落ちたソレイユを見下ろし、王は薄く笑う。



「愚か者。」



――守ろうとしてくれた。

肉親でさえ私を見捨てかけたこの場で。


立場も未来もあるのに、身を投げ出して。


胸の奥が燃えるように熱く、苦しくなる。


怒りと悲しみで、震えが止まらなかった。


私が助けられるのは、私しかいない。


黄金の瞳と視線が合う。

恐怖に心が侵食されそうになる。

それでも――屈してはいけない。



「……手を、離して。」


「ようやく口を開いたか。」


「この手を離しなさい。」



炎の国オセリアの民として、守るためには燃え上がる。


その誇りを、私はまだ失っていない。



「……誰に口を聞いている。」


「貴方よ。闇の王。」



真っ直ぐ見据えると、その瞳がわずかに揺れた。



「貴方は、私が欲しいのでしょう?」


「……殺されたいのか。」


「私を殺せないのでしょう?。」



沈黙。それが答え。



「だから、言うことを聞くわ。どこへでも連れて行けばいい。私がどうなろうと構わない。」


「ほう?」


「だから――ソレイユを治させて。」



鼻で笑う音。



「自己犠牲とは、醜いものだ。」


「どう思われてもいいわ。これは交渉よ。」



漆黒の瞳が、確かに揺れた。


私は胸ぐらを掴む腕を握りしめ、にらみ返す。



「もう一度言うわ。

この手を――離しなさい。」




倒れ伏すソレイユへ駆け寄り、胸に手を置いた。

深く息を吸い、ありったけの魔力を注ぎ込む。


純白の光に包まれ、次第に癒えていく傷。


壊死した腕にも血色が戻る。


ソレイユの呼吸が整ってきたことに安堵すると、全身の力がぬけていくのがわかった。




――ああ、本当に限界。




「……我が獣神の言う通り、か。」



倒れる寸前にふわっと身体が浮いた。


闇の王に抱き抱えられ、肩に担がれたのがわかる。


抵抗する力がもう、私には無かった。



「やっと……鍵を手に入れた。」



遠のく意識の中、私は炎の王国にそっと別れを告げた。

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