第二話 赫き炎
地表から立ち昇るように、微かな雷鳴が鳴っている。
それが、アムドゥシアスのシステム起動音だった。
彼の足元、崩れた高架道路の鉄骨に、青白い電荷が走る。
金属が悲鳴を上げ、空気が焼ける匂いがした。
「対象、確認。」
オペレーターの声は淡々としている。
名前は呼ばれない。
呼ばれるのは、柱の名だけだ。
「暴走機体、序列四十七。
悪魔化段階、第三。
討伐を実行してください。」
討伐。
その言葉を聞くたび、シンの内部で、かつての“人間”だった思考が微かに軋む。
だが、それはもう戦闘前ノイズとして処理される。
視界の向こう、瓦礫の街区に、赤黒い稲妻が蠢いていた。
人型を保っているが、すでに関節は過剰に増設され、背部には意味のない翼状構造が展開している。
元は、同じ志願者だったはずの機体。
――彼は、何を望んでここに来た。
その問いが浮かぶ前に、シンは剣を構えた。
その剣は、悪魔の力を封じたものだ。
刃の奥、演算層のさらに下。
そこに、まだ抑えきれない悪魔の気配がある。
剣が、低く唸った。
「……静かにしろ。」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
剣か、相手か、それとも――自分自身か。
シンは一歩、踏み出す。
同時に、剣と、前方三十メートル先の地面に、同一位相の電荷を走らせた。
世界が、一瞬、引き裂かれる。
雷鳴と共に、彼の姿は消え、
次の瞬間、敵機体の眼前に現れる。
瞬間移動ではない。
空間を跳んだのではない。
同じ電位に引き寄せられただけだ。
「――ッ!」
暴走機体が反応する前に、剣が振り抜かれる。
金属と金属がぶつかる音。
衝撃。
火花。
だが、敵は笑った。
「遅い……まだ、人間だ」
次の瞬間、赤い雷が爆ぜ、街区が崩壊する。
シンは後退しながら、演算負荷の上昇を感じていた。
悪魔アルゴリズムが、判断を補助し始めている。
剣が語りかける。
――このままでは勝てない。
――躊躇を切り捨てろ。
――より効率的な殺害を選べ。
その声は、
以前より、少しだけ近い。
敵機体の手には、巨大な斧があった。
雷を喰らい、暴走した兵装。
シンは理解する。
倒せば、あれは自分のものになる。
武器だけではない。
そこに残る魂も、権能も。
また一つ、汚染が進む。
それでも――
「……任務を続行する。」
彼は剣に、再び電荷を溜めた。
雷鳴が、二つに重なる。
この戦いの勝者は、
少しだけ“悪魔に近づく”。
ーーーーーーーーー
雷鳴が、遅れて街に響いた。
暴走機体は、すでに構えを取っている。
斧――いや、過剰に肥大した兵装。
刃の先端から赤いエネルギーが漏れ、地面を焼いていた。
「……遅かったな。」
声。
外部スピーカーからではない。
直接、演算層に叩きつけられる。
「お前は、まだ人間のフリをしている。」
「……そうかもしれない。」
シンは一歩、踏み込む。
同時に、足元と背後の瓦礫に電荷を走らせた。
引き寄せ。
世界が跳ねる。
暴走機体の側面に出現した瞬間、蒼電剣が振り抜かれる。
しかし――
火花。
衝撃。
斧が、剣を弾いた。
「軽い。」
赤い雷が爆ぜる。
衝撃波が街区を薙ぎ払い、建物の残骸が宙を舞う。
シンは後方へ跳躍。
着地と同時に、別地点へ電位を投射する。
再転移。
空中から、雷を纏った斬撃。
だが、敵はそれを正面から受け止めた。
「人を守るために、力を縛るな。」
暴走機体の装甲が裂け、内部のエネルギー炉が露出する。
そこから噴き出す赤光は、もはや制御されていない。
《焼け》
左腰の剣が、囁く。
《迷うな。
あいつは、もう戻らない》
「……分かっている。」
シンは、剣を持ち替えた。
右手の蒼電剣を地面に突き立てる。
刃から、放射状に電荷が拡散する。
街全体が、導体になる。
次の瞬間。
雷が、無数に跳ねた。
直線的な移動。
折り返し。
再跳躍。
視界が追いつかない速度で、シンは敵の周囲を切り刻む。
装甲が剥がれ、火花が散る。
だが、敵は倒れない。
「それでも――足りない。」
暴走機体は、斧を振り上げる。
赤いエネルギーが収束し、都市一つを吹き飛ばす出力に達する。
――このままでは、被害が拡大する。
シンの内部で、警告が鳴る。
悪魔アルゴリズムが、静かに提案する。
――出力制限を解除しろ。
――躊躇を切り捨てろ。
――最短で殺せ。
「……。」
一瞬、ためらい。
その隙を、斧が逃さない。
直撃。
衝撃が、シンの装甲を砕き、演算核にノイズを走らせる。
《今だ》
左腰の剣が、叫ぶ。
《俺を使え》
「……。」
《俺は、もう終わってる。
お前は、まだだ》
炎。
剣を引き抜いた瞬間、熱と圧が解放される。
雷と炎が、干渉し合い、
空間が歪む。
シンは、敵の胸部に電位を固定した。
「――行くぞ。」
雷鳴。
瞬間転移。
距離ゼロ。
炎剣が、暴走機体の炉心を貫いた。
赤い光が、爆ぜる。
断末魔。
「……ああ。」
声にならない声が、消えていく。
爆発が収まった後、
そこに立っていたのは、シンだけだった。
手の中の剣が、重くなる。
《……ありがとう》
その声を最後に、剣は沈黙した。
シンは、剣を下ろす。
演算核に、ログが刻まれる。
【撃破確認】
【武装継承:完了】
【侵食率:上昇】
「……。」
雷鳴が、遠ざかる。
それでも、彼の中で、
何かが確実に変わっていた。
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