第三話 消えかけた心
爆心地に、風が吹き込んだ。
焦げた金属の匂いと、溶けたコンクリートの粉塵が、ゆっくりと空へ昇っていく。
雷鳴はもうない。
空は相変わらず澄み切っていて、雲も高い。
嵐は、どこにも起きていなかった。
シンは瓦礫の中心に立ち尽くしている。
両手の剣は下ろしたまま、警戒姿勢すら解除していない。
敵機体の残骸は、ほとんど形を留めていなかった。
装甲は焼き切れ、関節は溶け、かつて“人”だった痕跡は、どこにも見当たらない。
【周辺脅威、消失】
演算核が、淡々と事実を報告する。
「……了解」
声は、少し遅れて出た。
自分でも、なぜ間を置いたのか分からない。
左腰の剣は沈黙している。
先ほどまで確かにあった“気配”は、完全に消えていた。
「……静かになったな」
独り言のつもりだった。
返事はない。
それが、正しい。
――武器は、道具だ。
――声など、あってはいけない。
そう分かっているはずなのに、
その沈黙は、奇妙に重かった。
「シン、応答してください」
通信が割り込む。
オペレーターの声だ。
「応答する」
「撃破を確認しました。
回収班を向かわせます。現在位置を――」
「待て」
シンは、初めて命令を遮った。
「……?」
視界を動かす。
瓦礫の隙間、崩れた建物の影。
そこに、人影があった。
三人。
大人二人と、子どもが一人。
防護服は着ていない。
旧市街に残された住民だ。
彼らは、こちらを見ていた。
恐怖でも、敵意でもない。
ただ――
判断しかねている目だった。
「……民間人を確認」
シンが告げると、通信の向こうで一瞬、空白が生まれた。
「……該当地域は、すでに避難勧告が出ています」
「それでも、残っている」
言葉を選んでいる余裕はなかった。
子どもが、一歩、前に出る。
瓦礫を踏み越え、こちらを見上げる。
小さな声が、空気を震わせた。
「……あなたは、ヒーロー?」
その問いに、シンは答えられなかった。
演算核は、即座に複数の回答候補を提示する。
――肯定。
――否定。
――沈黙。
どれも、正しくない。
「……俺は」
声が、喉で止まる。
オペレーターの声が、低く、しかしはっきりと割り込んだ。
「シン。
その場を離脱してください」
「……」
「任務は完了しています。
あなたが対応する必要はありません」
“必要はない”。
その言葉が、胸の奥に落ちた。
シンは、ゆっくりと剣を下ろし、背を向けた。
雷電制御炉が、微かに唸る。
一歩、踏み出す。
背後で、子どもの声が聞こえた。
「ねえ……名前、なんていうの?」
足が、止まる。
だが、振り返らない。
「……」
通信回線が、少しだけノイズを含む。
「シン、早く」
その呼び名に、かすかに救われる。
シンは、瓦礫を越え、電荷を地面に流した。
引き寄せ。
雷鳴は起きない。
ただ、青白い光が一瞬だけ瞬き、彼の姿は消えた。
⸻
回収機の内部は、輸送機よりも明るかった。
白い照明。
無機質な壁。
整然と並ぶ作業員たち。
シンは、固定台に立たされている。
「装甲損傷、許容範囲外。
演算核ノイズ、記録します」
作業員の声は、感情を含まない。
「侵食率、前回比で上昇。
……ですが、まだ制御可能です」
また、その言葉だ。
「……“まだ”か」
誰に向けたものでもない呟き。
左腰の剣が、回収される。
無言で、ケースに収められていく。
その瞬間、胸の奥で、何かが引き剥がされたような感覚があった。
「シン」
オペレーターの声が、少し近くなる。
「あなたの判断は、記録されました」
「……問題があったか」
「いいえ」
短い否定。
「ただ――
あなたは、まだ人間的すぎます」
その言葉に、シンは笑いそうになった。
「それは、欠陥か?」
少しの沈黙。
「……今のところは」
回収機が、静かに動き出す。
外では、何事もなかったように、
澄んだ空が広がっている。
嵐は起きていない。
それでも、シンの内部では、
確実に、何かが軋み続けていた。
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ソロモン72柱・アンドロイド戦記ーー雷の行方ーー SeptArc @SeptArc
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