ソロモン72柱・アンドロイド戦記ーー雷の行方ーー

SeptArc

第一部 第一話 蒼き雷

嵐は起きていない。

空は澄み、雲は高く、雷を孕む理由などどこにもなかった。


輸送機の内部は暗く、低い振動音だけが満ちていた。

貨物室の床に刻まれた固定レールに、シンは立っている。


いや――

立たされている。


両足は磁気ロックで床に固定され、背部装甲は降下用ユニットと直結している。

自分の意思で身動きは取れないが、不思議とそれに違和感はなかった。


それが、もう“当たり前”だからだ。


「――システムチェックを開始します。」


ヘッドユニット内に、オペレーターの声が響く。

若い女の声だ。

彼女はいつも、名前を呼ぶ前に一拍置く。


「アムドゥシアス。応答を」


「…その名前はやめてくれ。」


「…シン、応答を。」


「応答する。」


自分の声が、機械的な反響を伴って返る。

それを聞くたび、少しだけ安心する。

まだ、ちゃんと“返事”ができている。


「主電源、安定。

 雷電制御炉、正常値。

 演算核、人格レイヤー……。」


一瞬、言葉が詰まった。


「……人格レイヤー、軽度の乖離を確認。

 許容範囲内です。」


許容範囲。

その言葉は、もう何度も聞いた。


「悪魔アルゴリズムの侵食率は?」


シンが聞くと、オペレーターは即答しなかった。


「……上昇傾向です。

 ですが、まだ――」


「まだ、俺でいられるのか。」


問いかけに、返事はなかった。


輸送機が、減速に入る。

床がわずかに傾き、外殻を叩く風切り音が強くなる。


「対象情報を再確認します。」


彼女は話題を切り替えた。


「暴走機体、序列四十七。

 悪魔化段階、第三。

 現在、市街地廃区画に定着。」


視界の端に、対象の映像が投影される。

崩壊した街。

瓦礫の中心に立つ、人の形をした影。


赤黒いエネルギーが、関節部から漏れ出している。


「……あれも、志願者だったんだな。」


思わず漏れた呟きに、オペレーターは答えない。


代わりに、別の表示が立ち上がる。


【装備確認】


右手。

自分の主武装――蒼電剣。

刃の内部を、青白い電流が静かに循環している。


そして左腰。


そこに固定されているのは、自分のものではない剣。


黒い刃。

装飾はなく、質実剛健。

だが、刃の奥には、鈍い赤光が脈打っている。


――熱と、圧。


「……まだ、うるさいな。」


シンが呟くと、剣が低く共鳴した。


起動音ではない。


かつての“友”の残滓だ。


「お前は、炎だったな。」


問いかけには応えない。

短気で、単純で、まっすぐだった。


「俺は、雷だ。」


短い振動。

それだけで、胸の奥がわずかに軋んだ。


…一緒に来るか。


その言葉は、言わなかった。

もう、選択肢はない。


「降下ポイント、到達。」


オペレーターの声が、緊張を帯びる。


「……最後に、呼称の確認をします。」


一拍。


「公式記録上、あなたの識別名は

 《アムドゥシアス》です。」


シンは、即座に答えなかった。


「……訂正する。」


「任務中の呼称は――。」


一瞬、内部で雷電が走る。


「シンでいい。」


短い沈黙。


「了解しました。

 ……シン。」


輸送機後部のハッチが開く。

夜の空気が、轟音と共に流れ込む。


眼下には、廃墟となった都市。

嵐はない。

雲も薄い。


それでも、シンの周囲には、微かな雷鳴が生まれ始めていた。


「降下シークエンス、開始。」


床のロックが外れる。


「――生きて戻ってください。」


オペレーターの声が、わずかに震えた。


「戻れたらな。」


シンは一歩、踏み出す。


落下。


夜空に、青白い雷が走る。


彼の姿は、雷鳴と共に消え、

次の瞬間――


瓦礫の街の中心に、雷が突き刺さった。


地面に刻まれた電荷と、剣の電位が同期する。


空間が引き寄せられ、

世界が、一瞬、折り畳まれる。


「――対象、視認。」


目の前に、暴走機体。


赤い雷を纏った、かつての“仲間”。


シンは剣を構える。


その剣身が蒼く輝く。


《速く終わらせろ》


その言葉には頷かず。


「……任務を続行する。」


雷鳴が、重なる。


この戦いの先で、

また一つ、名前が遠ざかる。


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