ぶっ飛ばしたいあなたと僕

 追いかけた、追いかけた。

 呆然からたちなおり、すぐ動く。

 階段の手すりに尻をおろして滑りおりる。僕の肉体が心をあらわしていたら、きっと手すりと摩擦をおこして火花をふいていたはずだ。そう僕は怒りによって鉄人となっていた。もはや彼女に追いつくためなら、弾丸風雨ももろともしない。血まみれになって彼女へ、ジャンプスケアしてやる。これが恋……うんなわけはない。

 が、疾走、疾走、馬とだって張り合える足だ。

 走りながらすれ違う人に彼女の影をたずねたずね、答えを待たずに走り回る。

 そして桜並木も青い、学校の正門まえ。

 やっと彼女をみつけた。

「待ってくれ!」

 彼女はふり返る。

 無表情のなかで不愉快がぎゅっと凝縮されて突き刺すような性質をもつ。

 こっちだっておなじ表情でおかえししてやる。

「なによ」

「僕はたいへん傷ついた。なんとかしろ!」

 我ながら具体案ゼロ。

「私もとても不快、どっかいけ」

「嫌だ。君は僕に言いたいこと言ってすっきりしたかもしれない。でも君がすっきりした代償が僕にまでまわってくるのはおかしい! 当て逃げだ」

「そっちだって不快な人体を私にさらして当て逃げでしょう」

 向かい合って発射された全弾丸と全弾丸がかちあいつぶれあう。まったく奇跡なんだろうが、そんなことは撃ち合いをしている兵士には関係がない。どうでもいい偶然だ。とっと相手の口をふさぐ一発が肉を抉るさまを求めているんだ。

 僕は興奮のあまりそんなわけのわからない熱血にやられていた。

 だがこの銃弾のかちあいが想像されると、おちついた。

 怒りに怒りをやっても焼け石に熱湯である。

 冷静になれ、僕はやさしい人間だ。

 それに案がないわけでもない。

「わかった。お互いに当て逃げだと思っているんだ。そこでいったん僕と付き合おう」

「嫌だ。わけわからない」

「君が僕を好きになれば、そもそも君が当て逃げされた事実も、恋人と出会ったいい思い出に修正できるわけだ。で、僕は好きな人とつきあえて、お互いにしあわせだ。愛はすべての借金を帳消しにするんだ」

 いきなり閃いたものにしてはだいぶ妙案だ。人間好きになればだいたい大目にみてくれる。しかし彼女とくれば、この妙案が歯噛みするほど嫌らしい。

「当て逃げのうえ結婚詐欺しようっていうの? そうやって私たちの家族を路頭に迷わせて、自分だけは札束風呂でいい思い。まさに悪党ね」

「初対面で嫌いなんていう奴のほうがよっぽど悪党だ。札束風呂に入っているのは君だろう」

「そんなものは小五で卒業した」

「僕は小二だったね」

「どうせおもちゃのお札でしょう」

「それの何が悪い。君のなんて新聞紙だろ」

「よく見やぶったものね。そういうところ悪党だっていうの」

 感情まかせふたりして話が脱線していた。しかし相手よりもともかく強い額面をださなければと、ふたりとも懸命だった。そして一通り話しおえて、お互いに札束風呂に入った経験はないが、入浴剤には蜜柑の香りをつかうというところが共通していて終止符となった。

 争うような調子は静まって、彼女はやや嫌悪を残しながらツンとしていた。

「まぁ、蜜柑の香りが好きな人に悪い奴はいないとして、でもやっぱりあなたのなにもかも嫌いね。ただ大人げなかったのも事実。こうなったらあなたを好きになってみようと思う。それで好きになれたほうが得かもしれない。でなければ悲しいけどあなたは転校して、相撲部に入って原型もとどめないほど太っていくしか進路がない」

「悪いが僕は君とつきあって、スリムなまま名門大学をめざすのが進路だ」

「というかあなたって私が好きなの?」

「屋上で嫌われるまでは好きだった。いまは大嫌いだ。がんばって好きになるよ」

「じゃあ、よろしく」

 という殴打しあうような会話があって僕らは付き合うことになった。いきなり倦怠期をむかえて、そこから遡って両想いに修繕していくという大味な恋愛であり、僕にとったら復讐。

 そうこれは復讐。

 ぜったいに本気で離れたらまず命はいらないというくらいに好きにさせて、おもいっきり嫌いと言ってやる。そういう復讐だ。

「私はミヌ」

 彼女は風になびく髪をおさえながら、唇を尖らせてそう名乗った。

 僕だって負けじとぶっきらぼう。

「ロシだ」

 と言って、西部劇のガンマンが撃ちあうまえに離れ合う、あの静かな場面のように別れた。

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