第7話 分け目に立つ者




 後を追うのは、簡単だった。


 ゴブリンの血肉が弾け飛び、壁や床に貼りついた痕跡を辿るだけでいい。


 過剰火力。雑な殲滅。

 ――派手で、長くはもたないやり方だ。



 ザシュ、と。


 物音を立てず、はぐれた一体を始末する。

 喉、心臓、肺。順に、無駄なく突き刺す。

 倒れる音すら拾わせず、死体を壁際に転がした。



 ……動きが騒がしい。



 奥から、興奮した唸り声が重なって聞こえる。

 鼓舞だ。獲物を追う前の、あの厄介な高まり。


 初心者は近い。

 だが――静かすぎる。



 さっきまで鳴っていたはずの魔法音も、

 肉が弾ける音も、今はしない。



 嫌な沈黙だ。



 生きるか死ぬか、その境目はいつも、こういう時に来る。



 たかがゴブリン。

 されどゴブリン。



 三、四体に張り付かれれば、どんな冒険者でも転ぶ。

 床は血と肉でぬかるみ、足場も最悪だ。


 一呼吸おいて、物陰から道具袋を探る。



 ――爆竹。



 畑で使う、魔物避け。

 確実な効果はないが、耳のいい連中には効くことがある。


 無謀だと分かっている。

 だが、前にもこれで切り抜けた。


 静かに火をつけ、ゴブリンの集まりへ投げ入れる。


 次の瞬間、駆けた。


 背中を向けた二体の首を一閃。

 勢いのまま踏み潰し、通路を押し切る。


 武器はこん棒、石、拾い物の木切れ。

 投擲される可能性はあるが、今は気にしない。


 バチバチバチ――。


 炸裂音に、ゴブリンが一斉に騒ぎ立てる。

 統率が、崩れる。


 その先に――いた。


 ギルドで勢いよく飛び出していった、あのバカな初心者。


 周囲には、転がる屍。

 生き残った数体が、距離を測るようにうろついている。


 目が合った。


 小娘は、飾り物みたいな杖を両手で構え、

 青光りするナイフを逆手に持っていた。


 ――無茶な構えだ。


「よぉ、初心者」


 声を低く、短く。


「今日は運がいいな。動けるか。帰るぞ」


 返事を待たず、爆竹をもう二つ。

 奥と、出口側へ放り投げる。


 ナイフを鞘に納めさせ、手首を掴んだ。


 走る。


 飛びかかってきたゴブリンを、突きではなく殴るように沈める。

 刃を引かず、蹴り倒し、踏み潰す。


 止まらない。


 統率さえ乱れれば、連中は怖くない。


 怒り狂った怒声。

 泥濘んだ床を叩く足音。


 それらを背に、ただ出口を目指す。


 ――生き残るために必要なのは、

 勇気じゃない。


 撤退の判断だ。

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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない ほてぽて @hotepote

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