第6話 止まれなかった足





 ゴブリンの逃げる背中を見た瞬間、足が勝手に前へ出ていた。

 考えるより先に、体が反応していた。


 慎重になる理由を、彼女はもう持っていなかった。



 物陰から飛び出してきたゴブリンも、反射的に倒した。


 風を集め、放つ。

 短い詠唱、即射。

 骨の砕ける音と、湿った悲鳴。



 四体……五体……?



 数を数える余裕はなかった。ただ、倒した。それだけだった。


 前しか見ていなかった。

 背後など、気にする理由がないと思っていた。




 ――その瞬間だった。



 背中に、重さがのしかかった。

 次の刹那、硬い衝撃が後頭部を打ち抜く。



 ぐん、と視界が傾く。

 世界が横倒しになった。



 音が、遠のく。

 思考がひどく遅れる。



 追い打ちのように、左の腿へと石が叩きつけられた。

 鈍い衝撃が走り、足から力が抜ける。



 ――捕まる。



 痛みよりも先に、その言葉が浮かんだ。



 痛い。

 ……いや、痛いどころじゃない。


 反射的に、ナイフを抜いた。

 振り向きざまに突き出し、掴みかかってきた腕を切り裂く。



 ギャッ、と短い悲鳴。



 出口の方を見る。

 そこには、すでに徒党を組んだゴブリンたちがいた。


 逃げ場が、塞がれている。


 自然と、足は奥へ向かっていた。

 逃げるように、距離を取る。


 ――逃げる。

 でも、止まれない。

 立ち止まったら、終わる。


 至近距離で魔法は使えない。

 風は爆ぜる。

 自分も巻き込んでしまう。


 必ず、距離をあけなければ。


 追いかけてくる一体に、振り返りざまに風を放つ。

 胴が弾け、壁に叩きつけられる。


 さらに、もう一体。


 奥へ進むたびに、待ち構えているゴブリンを倒して。

 背後から迫る気配に振り向き、倒して。


 倒して。

 倒して――


 ……あれ?


 減らない。


 いや、

 増えている?


 胸の奥に、重たいものが沈み込む。

 息が、荒い。


 疲労が、どっと押し寄せてくるのを感じた。


 ――大したことない。

 こんな、雑魚なんかに。


 そう思おうとした。


 けれど、殴られた後頭部が、どくどくと脈打っている。

 視界の端が、僅かに揺れる。


 引きずるようになった左の腿が、痛くて、邪魔だった。


 それでも足は、止まらない。

 止められない。

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