第4話 名もなき冷は凍帰する

石台の上に、沈黙が落ちていた。


氷――冷は、動かずにそこに在った。

《凍帰》の余熱はすでに収まり、今は形を保つだけで精一杯だ。


(頼むから……もう一回食うのはやめてくれ……)


少女は距離を取ったまま、氷をじっと見つめている。

恐怖というより、戸惑い。

知らないものを前にした、人間らしい反応だった。


「……精霊……なの?」


「お、また格上がった」


少女は恐る恐る、指先を伸ばす。

触れた瞬間、ひやりとした冷気が走り、すぐに引っ込めた。


「……冷たい。

 でも……ただの氷じゃない……」


(そうそう、そこ気づく?)


冷は必死に、氷の表面を揺らした。

ほんのわずか、霜の紋が光る。


――ピシ。


少女の目が見開かれた。


「……動いた……」


逃げない。

叫ばない。

ただ、じっと見ている。


(この子……度胸あるな……)


少女は一度、深呼吸してから言った。


「……あなた、

 ここにいていいの?」


「いいの!?

 確認取ってくれるタイプ!?」


もちろん返事は届かない。

だが冷は全力で“肯定”を示そうとした。


氷の縁が、わずかに傾く。


「……うなずいた……?」


(YES! それそれ!)


少女は、少しだけ笑った。


「……じゃあ……

 名前、必要だよね」


(名前!?

 くれるの!?)


少女はしばらく考え込む。

顎に指を当て、視線を宙に泳がせて――


「……白くて、冷たくて……

 不思議で……」


やがて、小さく頷いた。


「――ペル」


その瞬間、

冷だった存在に、輪郭が生まれた。


《凍理反応:共鳴》

《外部より名称を受理》

《存在固定度:上昇》


「……今、

 ちょっと……きれいに光った……?」


(やばい、名前ってそんな重要イベントだったのか……)


少女は石台のそばに腰を下ろし、

氷 ペルと同じ目線になる。


「……精霊かどうかは、わからないけど……

 とりあえず……ペル、ね」


(元人間だけどな……まあ、いいか……)


氷として、名を得た。

居場所を得た。

まだ言葉は通じない。

まだ動けない。


それでも。


ペルは確信していた。


(……ここからだ)

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