『異端者たちの居場所』


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三日後の朝、調査結果がヴィクトールの執務机に届いた。


窓から差し込む朝陽が羊皮紙の束を照らす中、ヴェルナーが恭しく書類を差し出した。老執事の手は僅かに震えていた。それが老齢によるものか、あるいは記された内容への畏れによるものか、ヴィクトールには判別がつかなかった。


「六名全員の現在地を特定いたしました、閣下」


羊皮紙を手に取り、ヴィクトールは目を通した。


克明に記された情報——住所、日常の行動パターン、周囲の人間関係、そして現在の生業。わずか三日でこれだけの情報を集めたヴェルナーの手腕は、さすがと言うほかない。公爵家に三十年仕えた老執事は、表の顔だけでなく、闇の世界にも太いパイプを持っていた。


「お見事だ、ヴェルナー」


「恐れ入ります」


老執事は深々と頭を下げた。しかし、その表情には明らかな懸念が滲んでいた。皺の刻まれた顔に影が差し、普段は穏やかな瞳が曇っている。


「しかし閣下、この者たちの多くは……いわば社会の底に沈んだ者たちでございます。直接お会いになるのは、いささか危険かと存じます」


老執事の懸念はもっともだった。


リストに載る者たちは、王都の華やかな社交界とは無縁の場所で息を潜めている。煌びやかなシャンデリアの下で踊る貴族たちの世界ではなく、陽の当たらない路地裏で蠢く者たち。酒場の裏路地、貧民街の片隅、あるいは人里離れた山中——そのいずれもが、公爵が足を運ぶような場所ではない。


だが、ヴィクトールは薄く笑った。


窓辺に歩み寄り、眼下に広がる公爵領の景色を眺める。朝霧に煙る丘陵地帯、その向こうに連なる農村の屋根、さらに奥には深い森と山脈の稜線。この全てが、彼の治める土地だった。


「危険だからこそ、私が行く」


振り返らずに、ヴィクトールは言った。


「代理人を送れば、彼らは警戒する。使者風情に何ができると侮るか、あるいは罠だと疑うか——いずれにせよ、心を開くことはないだろう。だが当主自らが出向けば——」


「少なくとも、話は聞いてもらえる……と?」


「その通りだ」


ヴェルナーの顔に苦渋の色が浮かんだ。三十年の忠勤で培った経験が、この若き主の言葉の正しさを認めていた。だが同時に、その危険性も痛いほど理解していた。


「……承知いたしました。せめて護衛の手配を——」


「不要だ」


ヴィクトールは断言した。窓から離れ、執務机に戻る。羊皮紙を丁寧に折り畳み、懐に収めながら、老執事を真っ直ぐに見据えた。


「大勢で押しかければ、彼らは逃げる。権力の犬が来たと思うだろう。私一人で行く。それが最も効率的だ」


「しかし——」


「ヴェルナー」


静かだが、有無を言わせぬ声だった。


老執事は口を閉ざした。四十年前、まだ若かった頃に仕えた先々代公爵——ヴィクトールの祖父もまた、こうした目をする人だった。決意を固めた時、何を言っても無駄な、あの揺るぎない眼差し。血は争えないものだと、ヴェルナーは内心で嘆息した。


「……承知いたしました」


深く頭を下げ、老執事はそれ以上の諫言を控えた。


「留守の間、屋敷のことは任せる。ルドルフには私から伝えておく。それと——」


ヴィクトールは少し考え込むように顎に手を当てた。


「妹には何も言うな。余計な心配をかけたくない」


「かしこまりました、閣下」


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翌朝、夜明け前の薄闇の中、ヴィクトールは質素な旅装に身を包んでいた。


鏡の前で最終確認をする。銀髪は飾り気のない帽子の下に隠し、紫瞳は伏し目がちに。普段の凛とした軍服姿ではなく、擦り切れた商人風の外套を羽織れば、道行く者の誰も、彼が五大公爵家の当主だとは気づくまい。


「完璧だ」


自分自身に言い聞かせるように呟き、ヴィクトールは部屋を出た。


廊下は静まり返っていた。使用人たちはまだ眠りの中にあり、松明の残り火だけが壁に揺らめく影を落としている。足音を殺して歩く必要はなかったが、自然とそうなった。これから向かう世界では、気配を消すことが生存の基本なのだと、どこかで理解していたのかもしれない。


玄関で待っていたのは、一台の質素な馬車だった。公爵家の紋章はどこにもない。御者台に座るのは、ヴェルナーが手配した信頼できる男——名前は知らないし、知る必要もない。


「ヴェルクハイムまで」


それだけ告げて、ヴィクトールは馬車に乗り込んだ。


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王都から馬車で半日。


車窓から見える景色は、時間と共に変化していった。最初は整備された街道と、その両側に広がる豊かな農地。やがて農地は疎らになり、代わりに荒れた草原と、遠くに霞む山々が現れた。


そして、目的地が近づくにつれ、空気そのものが変わっていった。


澄んだ風が、煤と鉄錆の匂いを帯びてくる。遠くに見える煙突からは黒い煙が立ち昇り、曇天の空と溶け合っていた。


鉱山街ヴェルクハイム。


かつては王国有数の鉄鉱石産地として栄えた街だった。最盛期には三万人を超える人々が暮らし、鍛冶職人たちが生み出す武具は王国騎士団の主力装備として重宝された。魔導騎兵の外装にも、この街で採れた鉄が使われていたという。


だが、十年前に主要な鉱脈が枯渇した。


残されたのは、細々と採掘を続ける小規模な坑道と、かつての繁栄を忘れられない人々、そして——どこにも行き場のない荒くれ者たちだった。


「……なるほど。確かに、落ちぶれた者には相応しい場所だ」


馬車の窓から灰色の街並みを眺めながら、ヴィクトールは呟いた。


皮肉ではなかった。むしろ、ある種の感慨に近い。かつて輝いていたものが、時代の流れと共に忘れ去られていく——それは街も、人も同じだ。王国騎士団のエースと呼ばれた男が、今やこの掃き溜めで傭兵として糊口を凌いでいる。


カイル・ヴェルナー。


同調率八十七パーセント。王国騎士団の平均が七十五パーセント、エースと呼ばれる者でも八十パーセントを超えれば一流とされる中で、その数値は異常とも言えた。魔導騎兵との一体感、機体を己の肉体のように操る才能——それは生まれ持った資質であり、努力だけでは決して到達できない領域だった。


しかし、彼は追放された。


上官を殴打した咎で。


「……馬鹿げている」


ヴィクトールは低く吐き捨てた。


報告書に記された事件の詳細は、読むだけで反吐が出そうな内容だった。ディートリヒ・フォン・バルドル——男爵家の三男坊で、父親の権力を笠に着て騎士団に入った無能。彼が指揮した作戦で、三人の兵士が命を落とした。撤退すべき局面で、自分の名声のために突撃を命じたのだ。


カイルは止めようとした。何度も進言した。だが、聞き入れられなかった。


結果、三人が死んだ。


そして、その責任を追及したカイルは、逆に処分された。ディートリヒを殴ったという理由で。上官への暴行——それは軍規において最も重い罪の一つだった。たとえ殴られた側にどれだけの非があろうとも、殴った側が裁かれる。それが王国騎士団の「正義」だった。


「才能よりも血統。実力よりも縁故。……この国は本当に腐っている」


窓の外を睨みながら、ヴィクトールは拳を握りしめた。


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街の入り口には、武装した男たちが屯していた。


錆びた剣を腰に佩き、革鎧を纏った無頼の者たち。鉱山の残された利権を巡って蠢く私兵だろう。正規の軍ではない。王国の法も、ここでは形骸化している。力のある者が支配し、弱い者から奪う——それがこの街の掟だった。


馬車が近づくと、彼らの視線がヴィクトールを一瞥した。


商人風の若者。金目のものを持っていそうにも見えないし、かといって脅しがいがありそうにも見えない。彼らにとっては、搾取の対象としても二流以下——そう判断したのだろう。すぐに興味を失ったように視線が逸れた。


それでいい、とヴィクトールは思った。


注目を集めては意味がない。今の自分は、どこにでもいる旅の商人。誰の記憶にも残らない、有象無象の一人。


馬車を街外れで降り、徒歩で目的地へ向かう。


石畳は罅割れ、建物の壁は煤で黒ずんでいた。すれ違う人々の目には、生気がない。かつての繁栄を知る老人たちは虚ろな目で通りを眺め、若者たちは苛立ちを隠そうともせずに肩で風を切って歩いていく。


希望のない街。


ここで暮らすということは、緩やかな死を待つことに等しい。


「——この中で、まだ戦う意志を失っていないのなら」


ヴィクトールは呟きながら、路地を曲がった。


「それだけで、価値がある」


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目指す酒場は、街の外れにあった。


『錆びた剣亭』——看板の文字は半ば消えかけ、剣を模った鉄細工は赤錆に覆われている。建物自体も傾いでおり、いつ倒壊してもおかしくない有様だった。窓からは濁った光が漏れ、中から野太い笑い声と、酒を注ぐ音が聞こえてくる。


一瞬、足が止まった。


これまでの人生で、こうした場所に足を踏み入れたことはなかった。公爵家の嫡男として生まれ、王都の社交界で育った自分にとって、ここは完全に異世界だった。空気の匂いも、人々の目つきも、何もかもが違う。


だが、恐れはなかった。


むしろ、奇妙な高揚感があった。ここには、王宮の偽りの笑顔も、社交界の空虚な賛辞もない。剥き出しの欲望と、生存への執念だけがある。ある意味では、王都よりもよほど誠実な世界かもしれない。


深呼吸を一つ。


そして、扉を押し開けた。


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酒臭い空気が鼻を突いた。


蝋燭と油灯の薄暗い光の中、十数人の男たちが思い思いの席に座っていた。安酒を煽る者、仲間と賭博に興じる者、一人黙々と杯を傾ける者——いずれも、この街で暮らす労働者か、あるいはそれ以下の何かだろう。


彼らの視線が一斉にヴィクトールへ向けられた。


獲物を見定める目。場違いな闘入者を値踏みする目。だが、すぐに興味を失い——


——そして、奥の席に座る一人の男で、視線が止まった。


店の最奥、壁を背にした席。一人の男が座っていた。


短く刈り込んだ茶髪は、あちこちが跳ねて無造作な印象を与える。だが、その下にある顔立ちは精悍そのものだった。鋭角的な顎、高い鼻梁、そして——左頬から顎にかけて走る、古い刀傷。


鍛え抜かれた体躯は、粗末な衣服の上からでも分かるほどだった。太い首、広い肩幅、衣の下で隆起する筋肉——明らかに、常人離れした身体能力の持ち主。


カイル・ヴェルナー。


報告書の似顔絵より、実物ははるかに威圧感があった。座っているだけで、周囲の空気が張り詰めている。酒場の他の客たちが、無意識のうちに彼から距離を取っているのが分かった。


男はジョッキを片手に、こちらを見ていた。


鷹のような鋭い眼光。戦場で敵を見据える時の、あの目だ。品定めをしている——この闘入者が敵か、獲物か、それとも無視していい存在か。


数秒の沈黙の後、男は口を開いた。


「……お前、見ない顔だな」


低く、しかし良く通る声だった。酒場の喧騒を切り裂いて、はっきりと届く。


「商人か? だったら帰れ。ここは俺の縄張りじゃねえ。用があるなら街の中央広場で待ってる連中に言え」


面倒そうに視線を逸らし、ジョッキに口をつける。会話を終わらせる意思表示だった。


だが、ヴィクトールは動かなかった。


静かに帽子を脱ぎ、銀髪を露わにした。


「いや、商人ではない」


酒場の空気が、一瞬で張り詰めた。


銀髪——王国において、それは高貴な血統の象徴だった。平民にはほとんど見られない、貴族特有の色。しかも、この艶やかな銀色は、五大公爵家の中でも特定の血筋にしか現れない。


カイルの動きが止まった。ジョッキを持つ手が、空中で固まる。


「シュヴァルツェン公爵家当主、ヴィクトール・フォン・シュヴァルツェン」


ヴィクトールは真っ直ぐにカイルを見据えて言った。


「カイル・ヴェルナー。君に話がある」


---


沈黙が落ちた。


酒場の全員が凍りついていた。周囲の男たちは息を呑み、誰も動かない。公爵——五大公爵家の当主が、なぜこんな場所に。しかも護衛も連れずに、一人で。


カイルの目が見開かれた。


困惑、警戒、そして——微かな怒り。


「……公爵だと?」


「信じられないのは無理もない」


ヴィクトールは懐から、小さな物を取り出した。


金の指輪。その表面には、精緻な彫刻が施されている——黒い獅子が、月を背に吠える意匠。シュヴァルツェン公爵家の紋章であり、王国に五つしか存在しない大公爵家の証だった。


「身分を証明する印章だ。見るか?」


カイルは黙ったまま、指輪を見つめた。


偽物の可能性を考えているのだろう。だが、この紋章を偽造することは、王国法において死罪に値する重罪だった。仮に偽造が可能だとしても、こんな辺境の酒場で使う意味がない。


つまり——本物だ。


「……なんで公爵様が」


カイルの声は低かった。先ほどまでの威圧感は鳴りを潜め、代わりに純粋な困惑が滲んでいる。


「なんで公爵様が、こんな掃き溜めにいる」


「君を迎えに来た」


「迎え? 俺を?」


「ああ」


ヴィクトールは頷き、カイルの向かいの席を目で示した。


「座って話してもいいか」


返答を待たずに、椅子を引いて腰を下ろす。テーブルを挟んで向かい合う形になった。カイルは依然として困惑した表情のまま、しかし逃げようとはしなかった。


「私は今、私設騎士団を立ち上げようとしている」


単刀直入に、ヴィクトールは切り出した。


「出自は問わない。経歴も問わない。過去に何をしたか、何を失ったか——そんなことはどうでもいい。必要なのは才能と、それを振るう意志だけだ」


「……」


「君は王国騎士団で何をした? 上官を殴ったそうだな」


その言葉に、カイルの顔が歪んだ。


怒りか、苦痛か、あるいはその両方か。握りしめたジョッキの取っ手が、ぎしりと軋んだ。


「……あの野郎は」


絞り出すような声だった。


「あの野郎は、部下を見殺しにした」


ヴィクトールは黙って聞いていた。


「俺たちの小隊は、魔獣討伐の任務についていた。相手はB級の群れで、数が多かった。正面からぶつかれば被害が出る——だから俺は撤退を進言した。態勢を立て直して、増援を待ってから再攻撃すべきだと」


カイルの目が、虚空を睨んでいた。過去の光景を見ているのだろう。


「だが、あいつは聞かなかった。『撤退は臆病者のすることだ』と。『バルドル家の名誉にかけて、ここで仕留める』と。……名誉だと。笑わせる。あいつが欲しかったのは、武勲を持ち帰って父親に褒められることだけだ」


「そして、三人が死んだ」


「ああ」


カイルは頷いた。


「マルク、ヨハン、エーリッヒ——三人とも、俺より若かった。騎士になったばかりで、夢と希望に溢れていて……馬鹿正直に命令に従った。俺の進言より、上官の命令を信じた。当たり前だ。軍規ではそうするのが正しい。だが——」


言葉が途切れた。


「俺は見ていた。三人が魔獣に喰われるのを。助けに行こうとしたが、間に合わなかった。連中は悲鳴すら上げる暇もなく、引き裂かれて——」


ジョッキを置く音が、やけに大きく響いた。


「任務が終わった後、俺はあいつを殴った。一発じゃ足りなかった。十発、二十発……気がついたら周りに取り押さえられていた。あいつは鼻血を垂らしながら喚いていたよ。『父上に言いつけてやる』ってな」


乾いた笑いが漏れた。


「結果は知っての通りだ。俺は除隊処分。あいつは無罪放免。今頃、王都で優雅に暮らしてるんだろう。三人の墓に参りもせずに」


沈黙が落ちた。


酒場の喧騒は、いつの間にか静まっていた。周囲の客たちも、息を殺して聞いていたのだろう。皆、似たような経験を持っているのかもしれない——権力者に踏みにじられ、正義を捨てざるを得なかった記憶を。


「知っている」


ヴィクトールは静かに言った。


「ディートリヒ・フォン・バルドル。男爵家の三男坊で、父親の権力を笠に着た無能。彼は今も王都で優雅に暮らしている。先月の舞踏会では、新しい婚約者と踊っていたそうだ。一方、君はここにいる」


「……何が言いたい」


「王国は腐っている」


断言だった。


「才能よりも血統を、実力よりも縁故を重んじる。無能な貴族が威張り散らし、有能な平民は虐げられる。正しいことを言えば排除され、間違ったことをしても血筋が良ければ許される。——そんな国に忠誠を尽くす価値があるか?」


カイルは答えなかった。


だが、その目には、かつて抱いたであろう理想の残滓と、裏切られた怒りが渦巻いていた。騎士になった時、彼は何を夢見ていたのだろう。王国を守り、民を救い、正義を貫く——そんな青臭い理想を、きっと心のどこかで信じていたはずだ。


そして、それは無残に打ち砕かれた。


「……俺に何をさせたい」


長い沈黙の後、カイルは低く言った。


「戦ってほしい」


ヴィクトールは真っ直ぐにカイルを見据えた。


「私のために——いや、私たちのために。腐った秩序を壊し、新しい世界を作る。その先陣を切る騎士として」


「……新しい世界?」


「ああ。出自ではなく才能が評価され、縁故ではなく実力が認められる世界。夢物語だと思うか?」


「正気か、あんた」


カイルは呆れたように言った。だが、その目には——微かな光が宿っていた。


「それは王国への反逆だぞ。貴族のくせに、自分の首を絞めるようなことを——」


「反逆ではない。改革だ。私は王位になど興味がない。ただ、この腐った秩序を変えたいだけだ」


ヴィクトールは立ち上がり、手を差し出した。


「カイル・ヴェルナー。私と共に来るか? 君の才能を、くだらない連中のために腐らせるな。君の怒りを、私にくれ。必ず——報いてみせる」


---


長い、長い沈黙が落ちた。


カイルはヴィクトールの手を見つめていた。その目には、様々な感情が渦巻いていた——警戒、疑念、そして……微かな期待。


「……本気か」


「ああ」


「俺は犯罪者だぞ。上官を殴った男だ。そんな人間を騎士にするって?」


「犯罪者?」


ヴィクトールは笑った。


「君が殴ったのは、三人を見殺しにした男だ。私に言わせれば、それは犯罪ではない。——遅すぎた正義だ」


カイルの目が見開かれた。


「……お前」


「来るか、来ないか。答えは二つに一つだ」


差し出した手は、微動だにしなかった。


そして——


カイルは、ゆっくりとジョッキを置いた。


立ち上がり、ヴィクトールの目を真っ直ぐに見つめる。その目にはもう、迷いはなかった。


「……面白え」


低く、しかし力強い声だった。


「公爵様の狂気に、俺も乗ってやるよ」


差し出された手を、強く握り返す。


その瞬間——黒鋼騎士団の最初の剣が、鋳造された。


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