「才能の墓場」



翌朝。


ヴィクトールは、再び執務室にヴェルナーを呼び出した。


朝の光が窓から差し込み、執務机の上に広げられた書類を照らしている。昨夜のうちに整理させた資料の山だった。


「閣下、お召しにより参上いたしました」


「入れ」


ヴェルナーが入室すると、ヴィクトールは一枚の書類を差し出した。


「これを見ろ」


「これは……人物調査報告書でございますか」


「ああ。王国中から集めた『才能』のリストだ」


書類には、数十名の名前と経歴が記されていた。騎士、技術者、学者、傭兵——職種は様々だが、共通点が一つあった。


全員が、何らかの理由で「表舞台」から弾かれている。


「この者たちは……」


「王国に埋もれた人材だ。才能がありながら、出自や性別、あるいは『常識外れ』という理由で排除された者たち」


ヴィクトールは椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。


「この国は、才能の墓場だ。本当に価値のある者を見ようとせず、血統と家柄だけで人を判断する」


「……」


「だから、僕が拾う」


---


ヴェルナーは、リストに目を通した。


最初の名前に、目が留まる。


「カイル・ヴェルナー。元王国騎士団所属、上官への暴行により除隊処分……」


「知っているか」


「存じております。バルドル子爵の息子を殴打した件ですな。騎士団では相当な腕前だったと聞いておりますが……」


「腕前だけではない。指揮能力も高い。部下からの信頼も厚かった」


ヴィクトールは、資料の一部を読み上げた。


「騎兵士(レギオネア)としての同調率、八十七パーセント。王国騎士団の平均が七十五パーセントであることを考えると、極めて優秀な数値だ」


「確かに。しかし、上官を殴るような人間は——」


「その上官が無能だったからだ」


ヴィクトールは、冷たく言い放った。


「詳細を調べさせた。聞くに堪えない話だったよ」


---


「と、申しますと?」


「ディートリヒ・フォン・バルドル。バルドル子爵の三男で、カイルの直属の上官だった男だ」


ヴィクトールは、窓の外に視線を向けた。


「一年前、ディートリヒの小隊がB級魔獣の討伐任務に就いた。しかし現場に到着すると、情報よりも魔獣の数が多かった」


「よくあることではございますな」


「ああ。普通なら、一度撤退して増援を要請する。しかしディートリヒは違った」


ヴィクトールの声が、低くなった。


「『自分の武勲にしたい』という理由で、撤退を拒否した。部下たちが危険を訴えても、聞く耳を持たなかった」


「……」


「結果、三人が死んだ。カイルの直属の部下たちだ」


ヴェルナーは、沈痛な面持ちで聞いていた。


「それで、カイルは——」


「帰還後、ディートリヒを殴った。当然だろう。部下を三人も殺された。しかも、上官の虚栄心のために」


「しかし、処分されたのはカイルの方だった」


「そうだ」


ヴィクトールの声に、怒りが滲んだ。


「ディートリヒの父親はバルドル子爵。王宮に顔が利く。息子の失態を揉み消し、カイルに全ての責任を押し付けた」


「……」


「カイルは除隊処分。ディートリヒは昇進。——これが、王国騎士団の現実だ」


---


ヴェルナーは、次の名前に目を移した。


「フィーネ・エーレンベルク。没落貴族の娘、魔導技師……」


「ああ。これも酷い話だ」


ヴィクトールは、資料を手に取った。


「エーレンベルク家は、かつては王国有数の名門だった。しかし先代当主が事業に失敗し、没落。今は平民同然の暮らしをしている」


「存じております。悲劇的な話でしたな」


「フィーネは、その没落貴族の娘だ。家が傾いた後も、独学で魔導工学を修めた。天才的な頭脳の持ち主だ」


「独学で、でございますか」


「ああ。正規の教育を受ける金がなかったからな。それでも、彼女は学術院に論文を送り続けた」


ヴィクトールは、書類の一部を読み上げた。


「『魔導炉(マギア・コア)の効率改善に関する考察』『演算機(オルガノン)の小型化理論』『魔力伝達回路の最適化研究』——どれも、革新的な内容だ」


「それほどの才能が……」


「ああ。しかし、論文は全て却下された」


「却下の理由は?」


「『前例がない』『理論が飛躍しすぎている』『女性の研究者は認められない』」


ヴィクトールは、吐き捨てるように言った。


「馬鹿げた理由だ。才能ではなく、出自と性別で判断している」


---


「特に、魔導炉(マギア・コア)の効率改善に関する論文は、実現すれば革命的だ」


ヴィクトールは、立ち上がって窓辺に歩み寄った。


「現在の魔導炉(マギア・コア)は、魔力変換効率が約七十パーセント。彼女の理論では、これを九十パーセント以上に引き上げられる」


「それは……」


「意味が分かるか、ヴェルナー。魔導騎兵(レギオン)の稼働時間が、三割以上延びるということだ」


ヴェルナーの目が、大きく見開かれた。


魔導騎兵(レギオン)の最大の弱点は、稼働時間の制限だ。魔導炉(マギア・コア)の魔力には限りがあり、長時間の戦闘は不可能。これが、魔獣との戦いにおいて常に足枷になっていた。


もし稼働時間が三割延びれば——


「王国の軍事力に直結する発見ですな」


「そうだ。しかし、学術院はこれを握り潰した」


「なぜ、そのようなことを……」


「簡単だ。既得権益者たちにとって、都合が悪いからだ」


ヴィクトールは、皮肉げに笑った。


「今の魔導炉(マギア・コア)を製造しているのは、王国認定の工房ギルドだ。彼らは、現行の魔導炉(マギア・コア)で莫大な利益を上げている」


「……」


「フィーネの理論が認められれば、既存の魔導炉(マギア・コア)は全て旧式になる。ギルドは、これまでの投資を全て失う」


「だから、潰した、と」


「ああ。『前例がない』『女性だから』——もっともらしい理由をつけて、彼女の才能を闇に葬った」


---


リストには、まだ名前が続いていた。


「レオンハルト・グリム。平民出身、騎兵士(レギオネア)の資格なし。しかし、生身で魔獣を狩る『狩人』として名を馳せている……」


ヴェルナーは、目を見開いた。


「生身で魔獣を、でございますか?」


「ああ。B級魔獣を単独で仕留めた記録もある」


「B級を単独で……信じられません」


B級魔獣といえば、通常は魔導騎兵(レギオン)の小隊——三機から五機——で対処する相手だ。それを生身の人間が単独で仕留めるなど、常識では考えられない。


「常軌を逸した身体能力の持ち主だ。反射神経、筋力、持久力——全てが人間の限界を超えている」


「では、なぜ騎士団に——」


「資格がないからだ」


ヴィクトールの声に、苛立ちが滲んだ。


「騎兵士(レギオネア)になるには、王立騎士学校を卒業するか、騎士団の推薦を受ける必要がある。どちらも、平民には閉ざされた道だ」


「しかし、それほどの才能があれば、例外的に——」


「例外は認められない。それが王国のルールだ」


ヴィクトールは、吐き捨てるように言った。


「才能があっても、生まれが悪ければ認められない。どれほど強くても、資格がなければ魔導騎兵(レギオン)には乗れない。——馬鹿げた話だ」


---


「次は——ミラ・シルヴァーノ」


ヴェルナーは、その名前を読み上げた。


「獣人と人間の混血……」


「ああ。両種族から迫害され、森で野生同然の生活を送っている」


獣人。


人間とは異なる種族だ。獣の特徴を持ち、人間よりも優れた身体能力を誇る。しかし、王国では「劣等種」として差別されていた。


その獣人と人間の混血となれば、差別は二重になる。人間からは「穢れた血」と蔑まれ、獣人からは「裏切り者の子」と忌避される。


「彼女は、魔獣の気配を感知する特殊な能力を持っている」


「魔獣の気配を……?」


「ああ。生まれつきの才能だ。訓練で身につくものじゃない。魔獣がどこにいるか、どれくらいの強さか——嗅覚と第六感で察知できる」


「それは、極めて貴重な能力ですな」


「ああ。だが、王国では『穢れた血』として忌避される。誰も、彼女の才能を見ようとしない」


---


次の名前。


「ユーリ・ヴォルコフ。東方からの流れ者。経歴不明……」


「危険な人物では?」


「危険だろうな」


ヴィクトールは、あっさりと認めた。


「諜報と暗殺に関しては、超一流との噂がある。過去に何をしてきたか、誰も知らない。本名すら怪しい」


「そのような者を、お側に置くのですか」


「危険だからこそ、使い道がある」


ヴィクトールの目が、鋭く光った。


「表で戦うだけでは、勝てない戦いもある。影で動く者が必要だ」


「……」


「それに、彼には『借り』があるらしい。詳しくは分からないが、僕に仕えることでそれを返そうとしている」


「借り、でございますか」


「ああ。何の借りかは知らない。だが、彼の目には確かな決意があった。——使える」


---


最後の名前。


「アルベルト・フォン・ヴァイスハウプト。元王国軍参謀総長……」


ヴェルナーの目が、大きく見開かれた。


「ヴァイスハウプト将軍……! 存じております。『智将』と呼ばれた方ですな」


「ああ。二十年前の大戦で、王国を勝利に導いた立役者だ」


二十年前。隣国との大戦争があった。


当時、王国は劣勢に立たされていた。敵軍は王国軍の二倍の兵力を持ち、魔導騎兵(レギオン)の数でも勝っていた。誰もが、王国の敗北を覚悟した。


しかし、一人の参謀が戦局を覆した。


アルベルト・フォン・ヴァイスハウプト。


彼の立案した作戦は、常識を超えていた。敵の補給線を断ち、主力を分断し、各個撃破する。机上の空論と嘲笑されたその作戦は、見事に成功した。


王国は勝利し、アルベルトは英雄となった。


「しかし——」


ヴェルナーは、続きを知っていた。


「その後、保守派との対立で失脚されたと聞いております」


「ああ。革新的な戦術を主張しすぎて、保守派の反感を買った」


ヴィクトールは、資料を閉じた。


「『魔導騎兵(レギオン)の運用方法を根本から見直すべきだ』『平民にも騎兵士(レギオネア)の門戸を開くべきだ』——彼の主張は、既得権益者たちにとって都合が悪かった」


「それで、追い落とされた……」


「結局、政治に負けたということだ。今は領地で隠居生活を送っている。——才能の無駄遣いだ」


---


ヴィクトールは、リスト全体を見渡した。


「共通点が分かるか、ヴェルナー」


「……全員、才能がありながら、何らかの理由で排除された者たちでございますな」


「そうだ」


若き公爵は、立ち上がった。


「王国は腐っている。才能よりも血統、実力よりも家柄、革新よりも伝統。既得権益を守ることだけに汲々として、本当に価値のあるものを見ようとしない」


「……」


「だから、僕が拾う」


窓辺に歩み寄り、外を見つめる。広大な公爵領が、朝の光の中に広がっていた。


「王国に捨てられた才能を、僕が集める。そして——」


振り返り、老執事を真っ直ぐに見据えた。


その目には、野望の炎が燃えていた。


「最強の騎士団を作る」


---


ヴェルナーは、息を呑んだ。


「私設騎士団……でございますか」


「ああ。王国騎士団には頼らない。自前の軍事力を持つ」


「しかし、それは——」


老執事は、慎重に言葉を選んだ。


「王家の警戒を招きかねません。謀反を疑われる恐れが——」


「疑わせておけ」


ヴィクトールは、不敵に笑った。


「僕は王位になど興味はない。だが、王国騎士団の無能に足を引っ張られるのも御免だ」


窓の外を見やる。広大な公爵領が、朝の光を受けて輝いていた。


「だから自分で作る。僕の理想とする、最強の騎士団を」


「理想……でございますか」


「ああ」


ヴィクトールは、拳を握りしめた。


「出自は問わない。性別も、種族も関係ない。見るのは才能だけだ。実力のある者だけが評価される組織——それが僕の騎士団だ」


---


ヴェルナーは、しばし沈黙した。


長年仕えてきた彼には、分かっていた。この若き当主は、一度決めたら絶対に曲げない。説得は無意味だ。


ならば——


「閣下」


「何だ」


「私に、何をお命じになりますか」


ヴィクトールは、満足げに頷いた。


「このリストに載っている人間の、現在の居場所を調べろ。できるだけ早く」


「かしこまりました。調査には数日を要しますが——」


「三日でやれ」


「三日、でございますか」


「僕が直接会いに行く。時間が惜しい」


老執事は、深く頭を垂れた。


「御意のままに。必ずや、三日以内に」


「頼んだぞ、ヴェルナー」


---


老執事が退室した後、ヴィクトールは一人、窓辺に立っていた。


午前の陽光が、執務室に差し込んでいる。塵が光の中を舞い、静かな時間が流れていた。


「黒鋼騎士団(シュヴァルツリッター)」


新たに設立する騎士団の名を、口の中で転がしてみる。


黒は、シュヴァルツェン家の色。鋼は、決して折れない意志の象徴。


「いい名前だ」


彼の脳裏には、既に構想が描かれていた。


王国に捨てられた才能を集め、弟が作る新型の兵器を与える。そして、圧倒的な成果を出し、世間を黙らせる。


その先に——もっと大きな野望がある。


「待っていろ」


窓の外に広がる世界に向かって、ヴィクトールは呟いた。


「今に、この世界を——」


言葉は、そこで途切れた。


しかし、その目には全てが映っていた。


公爵領だけではない。王国全土。いや——


大陸そのものを。


野望の炎が、静かに、しかし確実に燃え上がっていた。


---


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