第6話 王子の義務

 いつものように公務をしていた僕はニコルの視線に顔を上げた。

 机の端には片付いた書類が積まれている。

 ドアのすぐ側に控えていた彼はそれを一度見てから口を開いた。

 

「殿下、いつにも増して仕事が早いですが何かあったんですか?」

  

 側近として主の変化の理由を把握しておきたいのだろう。

 

「以前も似たようなことを言っていたね。」

 

 やんわりと前回と同じ理由だと告げれば、彼は不服そうに眉を寄せた。

 

「前回をいつもの三倍とするなら、今回はその更に二倍です!同じ理由だとは到底思えないんですけど!?」

「確かにそれは大きな違いだね。」

 

 そう言って笑って見せれば、眉間の皺が深くなった。

 

「……花を見ていると元気にさせられるんだ。」

「前回も同じようなことをおっしゃってましたね。花って……もしや殿下にも春が来たんですか!?」

 

 これ以上揶揄うのも酷かと思い、正直に告げると上手く察してくれたようで驚いて目を丸くしていた。

 顔に出るのは直してもらうべきかなと考えながら質問には答えずに作り笑顔を浮かべると、彼はこめかみを抑えた。

 

「火遊びも程々にして下さい。貴方は次期国王であることをゆめゆめお忘れなく。」

「わかっているよ。学生でいる間くらい羽を伸ばしたって構わないだろう?」

「……卒業までですからね。」

 

 期限を付ければ妥協してくれることはわかっていた。

 それでも咄嗟に避けた“卒業”というワードを彼に言われたことで眉がピクリと動いてしまう。

 猶予は二年も残されていない。

 彼女と居られるのはそれまでかもしれないことを嫌でも考えさせられてしまったからだ。

 

「その者と結婚を、とは言わないんだね。」

 

 僕は基本的に女性に興味がない。

 これまでも縁談を片っ端から断ってきたくらいだ。

 そんな僕が気になる相手を見つけたとなれば、少しくらい協力する姿勢を見せても良いんじゃないかという意味を込めて目の前の彼を見ると、ニコリと笑顔を返された。

 

「貴方が婚約者に迎えていない時点で相手方の身分に察しはついていますから。」

 

 どうやら初めからバレていたらしい。

 ニコルは幼い顔立ちとは裏腹に洞察力に優れている。

 その能力を買って側近に迎えたのは良いが、今はそれが恨めしく思えてならなかった。

 

「君が外見通りだったら良かったんだけどね。」

「……俺の見た目に騙されてくれるからってしょっちゅう密偵をさせてる張本人が今更何を言ってるんですか!」

「それもそうだね。」

 

 口調は強かったが、本気で怒っているわけではないことが長年の経験からわかっていた僕は書類作業を再開しようとペンを握った。

 

「殿下、先日の件でご報告があります。」

「……聞こうか。」

 

 姿勢を正したニコルが堅苦しい口調に変わった。

 声の高さと表情、そして間の取り方から悪い報告であることが予想できてしまった僕は息を吐いてからペンを置いた。

 

「調査の結果、あの物語を広めたのは王弟派である可能性が高いことがわかりました。」

「……よりによって叔父上、か。」

 

 机の上においていた腕を組んでそこに顔を乗せた。

 ここに来て面倒な相手である叔父の名前が挙がり、頭痛がする。

 現国王である父上には二人の弟がいる。

 ジャティール国の第二王女を娶って公爵の地位を賜ったデューク・ロバーツ叔父上と、上の二人とは歳が離れたエリオ・フォン・アイデリック叔父上。こちらは現在宰相補佐を務めている。

 デューク叔父上は野心がなく、父上を支えることに尽力してくれているが、一方でエリオ叔父上は王位を狙っているかなりの野心家だ。

 一般的に“王弟派”と呼ばれる派閥はエリオ叔父上を中心に集った貴族達を指す。

 彼は国王の一人息子である僕のことをよく思っていない。言うなれば目の上のたんこぶといったところだろうか。

 “王太子”である僕がいなくなれば王位を継げると思っているのか、叙爵の話を断ってまで王族の名にしがみついている、そんな人だ。

 実際のところ王位継承権は第三位。

 十分可能性があるのが見過ごせない所以だったりする。

 

「かなり厄介なことになってるね。協力関係にありそうな国のリストアップはできてる?」

「はい、こちらに。」

 

 普通なら物語の元である隣国のイプス国が相手だと考えるのが自然だろう。

 だが、万が一という場合もある。

 そう思っての言葉だったが、ニコルには予想できていたようで書類を渡される。

 相変わらずの用意周到さに苦笑いを浮かべながら幾つかの国名が書かれた紙を受け取って目を通す。

 ザッと見ただけでも、連なっている文字の多さにため息が溢れた。

 

「……ジャティール国もなのかい?」

 

 たくさんの国名の中から目に留まったのは最近話題に上がったその国の名前。

 叔母上が嫁いできてから同盟が結ばれ、見かけ上は良好な関係を築いているはずだが。

 僕の疑問を察知したニコルはゆっくりと頷いた。

 

「はい。王弟派の貴族とジャティール国の商人が何やら取引を行っていたようです。内容までは掴めませんでしたが、あり得る話かと。」

「それは同盟を反故にしてまでやることなのか?」

「……可能性は極めて低いですが、ないとは言い切れない所ですね。」

 

 全ての事象に置いて“絶対”は存在しない。

 常に最悪のケースに備えて行動しなければ、足元をすくわれるだけだろう。

 

「……この件、叔母上は?」

「ご存知ないと思います。確定していないことを無闇に伝えることは致しませんから。」

「そうだね。叔母上が関わってないとも言い切れないし、そのまま進めて。」

「かしこまりました。」

 

 ジャティール国と言えば彼女もやけに詳しそうだった。

 まさか、と最悪の考えがよぎって笑みが剥がれる。

 目の奥に焼きついた彼女の笑顔が思い出されて、瞼を下ろした。

 彼女がジャティール国からの工作員の可能性だって否定できない。

 僕は何処までも“王太子”なのだ。

 信じたい人も信じてはいけない。信じきれない。

 それが例え身内でも想い人であったとしても、だ。

 

「まずはこの国に恨みを持っている国と小国に探りを入れてみようか。叔父上に寝返りそうな輩がいる国は特に念入りに、ね。」

「承知いたしました。」

 

 それでも私情に呑み込まれてはいけない。

 今すぐにでもジャティール国の無実を証明して彼女と叔母上の潔白を信じたかった。

 でも、それが許されないのが“王太子”という立場。

 果たして次に彼女に会う時、僕はちゃんと笑えるだろうか。

 

「殿下」

「…………なんだい?」

 

 目線を下げると敬称を呼ばれた。

 ニコルのこの声色には覚えがある。

 僕に都合の悪いことを切り出すものだと推測ができ、気が重くなる。

 できることならこのまま聞こえなかったフリをしたい衝動に駆られながら返事をすると、それはそれは良い笑顔を向けられた。

 

「殿下に縁談が来ています。」

「……」

 

 そう言って空間収納魔法で閉まっていたのであろう三枚の手紙と招待状を取り出した彼は何処か楽しげだ。

 

「その中で中立派は?」

「デイヴィス侯爵家の御息女、マリア・デイヴィス嬢ですね。」

「却下」

「……殿下」

 

 デイヴィス侯爵家のご令嬢には一度舞踏会で会ったことがある。

 熱烈なアプローチをされたので、回避するのが大変だったのはそんなに古くない記憶だ。

 香水の匂いがキツく、側にいることが苦痛だったことを思い出してすぐに断りの言葉を告げる。

 そんな僕にニコルは呆れるような声で呼んだ後、仕方なさそうに手に持っていたものをしまった。

 それでも諦める気はないようで、口を開く。

 

「今まで来た中で一番身分が上の相手ですよ。しかも中立派!どうして逃そうとするんですか。」

「……彼女は王妃には相応しくないと思っただけだよ。」

「貴方がそうおっしゃるのなら、至らない部分があるのでしょうね。」

 

 ため息混じりに肩を落とした彼に申し訳ないと思いつつも、考えを変える気は全くなかった。

 第一王子派である僕を支持している派閥からご令嬢を娶ることは、味方をより強力な関係にすること。

 それも名案ではあるが、できれば中立派をこちらの陣営に引き入れたいものだ。

 だから、婚約相手は中立派から選ぶと決めている。

 王弟派なんて叔父上の息が掛かっているであろう相手は以っての外だ。

 

「ですが、そのような態度を貫き通されては困ります。エリオ様がマルティネス公爵令嬢を迎えられたら、形勢は逆転してしまいますから。」

 

 マルティネス公爵はこの国の三大公爵家の一つ。

 今は中立の立場を保っているが、娘の結婚相手の派閥を優先するだろう。

 マルティネス公爵は娘を溺愛していると有名だ。

 つまりマルティネス公爵をこちら側に引き入れるには娘の攻略が必須。

 しかし御息女は病弱で社交界に顔を出さないのだから、会える機会は限られている。

 

「貴方が珍しく後手に回った相手ですよ。油断はできません。」

「……そうだね。」

 

 マルティネス公爵は現在の宰相を務めている。

 つまり、宰相補佐である叔父上との接点が多い人物だ。

 流石にエリオ叔父上が宰相補佐を務めると聞いた時はやられたと思ったくらいだ。

 大元を落としてから娘を手に入れるつもりなのだろう。

 叔父上が現在も独り身なのにはそんな理由がある。

 僕よりも強力な相手と婚姻関係になることで優位に立とうとする魂胆がなんともわかりやすいが、やっていることは王位への近道であると言えるだろう。

 だから僕は叔父上よりも有益になる相手を探さなければならなかった。

 ……それがわかっていたから、無意識のうちにも彼女との関係に期限を設けていたのだろう。

 卒業までとは、なんとも現実的な期間だ。

 

「全く。今は花を愛でているところだと伝えたはずだけど、別の花を勧めるなんて君には手心というものがないのかな?」

「……わかりました。ですがくれぐれもご令嬢に見つかって誤解を招くことは避けてくださいね。」

「十分注意しよう。」

 

 彼女と会える短い時間を大切にしたいと改めて認識させられた。

 

「それから、マルティネス公爵令嬢の攻略もお忘れなく。」

「……善処するよ。」

 

 念を押された僕は仕方なく頷いた。

 基盤をより強固なものにするには彼女を引き入れなければならないが、そこが一番の難所だ。

 あの宰相の娘なのだから一筋縄ではいかないだろう。

 先のことを考えてため息を吐いた後、取り敢えず目の前にあった書類を片付けることに専念するのだった。

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2026年1月19日 19:00
2026年1月20日 19:00
2026年1月21日 18:00

一目惚れした王子の話 @kanau_

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