第4話 桜の妖精

 学園には王族の為に用意された特別な部屋がある。

 公務など多数の目がある中でできない作業が行えるようにと準備された一室。

 今日もその部屋で書類を片付けていた僕は、ひと段落ついた所でペンを置いた。

 

「殿下、お疲れ様です。今日は一段とお早いですね。」

 

 ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべながらそばで控えているのは側近のニコル・ウォーカー。

 そんな彼の言葉に用意されたコーヒーを一口飲んでから「いつも通りだよ」と笑顔を返す。

 明らかに何かを隠している僕に気づいた彼は眉を寄せる。

 しかし、笑顔を崩さない僕に直接聞かないと答えてくれないことを悟ったのか、書類を受け取りながら問いかけてきた。

 

「最近作業スピードが尋常じゃないですけど、何か良いことでもあったんですか?」

 

 彼は人の変化に鋭い。

 側近として主の変化をいち早く察知できるのは強みだろう。

 ……作業スピード、ね。

 確かに僕は少し浮かれていたかもしれない。

 それに気づかれたのだから、ここは正直に白状しよう。

 

「……あぁ、お気に入りの花を見つけてね。」

「花、ですか?」

 

 訝しげに僕の言葉を繰り返した彼は「貴方が花なんて愛でるわけがないでしょう」とでも言いたげだ。

 その顔を見なかったことにすると決めた僕はもう一度コーヒーを飲み、ペンを持った。

 ここまで話せばニコルはある程度のことを察するだろう。

 そう思った矢先、

 

「花といえば、先週は花祭りがありましたね。」

 

 放たれた言葉ににピタリと動きを止める。

 これは何か探られているのかと笑顔のまま彼を見ると、爽やかな顔をした彼と目が合った。

 

「殿下も視察に行かれていましたが、どうでしたか?」

「うん、楽しめたよ。」

 

 無難な答えを返すと、彼は途端にじとっとした目を向けてくる。

 

「わざわざ俺を置いて一人で回ったくらいですから、そりゃあ満喫できたでしょうね。」

 

 どうやら連れて行かなかったことを拗ねているらしい。

 それで今日はやけに探り深かったのかと理解した僕は苦笑いを浮かべた。

 

「来年は連れていくと約束するよ。」

「本当ですか!?絶対ですよ!」

 

 念を押してくるあたり余程祭りに参加したかったらしい。

 

「君がそんなに行きたいとは知らなかった。」

「あの花祭りですよ!俺の妹もとても行きたがってました。」

「へぇ、それはまた意外だな。」

 

 基本的に貴族は平民の暮らしに興味を持たない。

 もちろん税を納めている民なのだから、どういった方法で作物を育ててどれほど利益を出しているのかは把握しているだろう。

 ただ、普段どんな生活をしているのかには驚くほど無関心だ。

 だから貴族の娘である彼の妹が花祭りに興味を持っていることは一般常識から少し外れていた。

 

「実は妹は花祭りのジンクスの方に興味があるみたいなんですよ。」

「あの伝承は有名なんだ?」

 

 少なくとも僕は現地に行って直接耳にするまで知らなかった。

 それに、王族が駆け落ちしたなんて醜聞、平民の間で面白おかしく語り継がれるならともかく他国の貴族には普通なら隠そうとするだろう。

 

「いえ、そこまで広がってはないと思います。何せ起こったのがここ五十年以内の出来事ですから。」

「やはり実際の出来事なんだね。」

 

 彼の言葉に驚きはしなかった。

 あの話を聞いた時、心当たりがあったからだ。

 確か隣国では先代の国王に八人の姫がいた。

 そのうちの一人は病死で早く亡くなったと聞いているが、真実かは定かではない。

 差し詰めその王女が物語のヒロインなのだろうということは容易に想像が付く。

 

「はい。ロマンス小説として流行っているようなんです。妹はそれを読んで興味を持ったようで、止めるのが大変でした。」

「うん、あの辺りは大通りを出たらそこまで治安の良い場所ではないからね。賢明な判断だと思うよ。」

 

 足を組み直してから答えると、ニコルは困ったように笑った。

 その疲れたような顔から妹を説得するのが余程大変だったことが読み取れる。

 何も知らないご令嬢があそこに一人で行ったら物取りの格好の餌食になることは免れないだろう。

 リリーにもこっそり保護魔法を掛けていたくらいだ。

 保護魔法とはその名の通り対象を護る魔法——要は悪意をあるものを近づけない魔法だ。

 これは自分に掛けるならそこまで難しくはないが、人に掛ける場合は高度な術式を必要とする。

 使える者はこの学園でも片手で数えられる程。

 それを掛けるくらいなら行かせないという選択肢を取るのが安全と言えるだろう。

 

「……だけど、少し困ったことになったね。」

 

 ふぅと息を吐いてこの先を案じると、彼はゆっくり頷いた。

 

「そうですね。これ以上興味本位に行く方が増えないと良いのですが……」

 

 恋愛小説が普及することは娯楽が増え、民が楽しむ物が増えるということ。

 それは国を豊かにする為に必要なことだ。

 だから止めることはしない。

 今悩むべき種は、触発された貴族が平民街に行くことで起こる最悪のケースのことだ。

 悪くいえば搾取する側とされる側。

 貴族に不満を持つ平民も少なくない。

 交流が増えると、いざこざが増えてしまうことが予想できる。

 貴族が犯罪に巻き込まれる可能性が上がることはできれば避けたい。

 貴族側の反発が大きくなって罪なき人が犠牲になる可能性が出てくるし、他国に隙を見せることにも繋がる。

 最悪な悪循環が起こるからだ。

 貴族と平民を分けているのもそこにある。

 できることなら同じ国の民として一緒に手を取り合いたいところだが、貴族と平民の間のトラブルは貴族側に優位に働くことが多い。

 何が自分の身を滅ぼすか分からない相手に安易に近づくことは誰だって怖いだろう。

 頭の痛い問題に眉を顰める。

 祭りに参加した時は貴族と思われる格好をしていたが、珍しいものを見るような視線を向けてくる者が多かった。

 今はそこまで多くの貴族は出入りしてなさそうだと予想できるが、どこまで広がっているのか現状を把握する必要がありそうだ。

 

「今の所どれくらい普及しているかわかる?」

「明日までに調べてまいります。」

「うん、お願いね。」

 

 隣国の王族の駆け落ち、か。

 少し嫌な予感が頭を掠める。

 念には念を入れておいた方がいいかな。

 

「それから、この件に他国が関わっていないかどうかも調べておいて。」

「……かしこまりました。」

 

 僕の言葉に目を見開いたニコルはすぐに礼をとった。

 どうやら彼も他国が関わってこの国を掻き乱そうとしている可能性に気づいたらしい。

 杞憂で終わることを願いたいところだが。

 果たして吉と出るか凶と出るか。

 

「そう言えば、最近新しいコンセプトのカフェができたそうですよ。」

「……そこも、貴族が行きそうな場所?」

「いえ、ここは大丈夫かと。ですが、殿下は興味があるのではないかと思いまして。」

 

 ニコルの思考回路は読めない。

 関連して貴族の平民街への流出の話でなければ、一体今の話から何故カフェが出て来たのか。

 

「私が興味をそそる内容なのかい?」

「内容というよりは、この文化の流れて来た場所の方に関心があるかと。極東の国の文化だそうです。」

「なるほど、叔母上の。」

 

 どうやら“他国”関連の話らしい。

 叔母上は極東にある国から嫁いできた異国の方だ。

 この婚姻によって結ばれた同盟の中に国民の行き来の関税を下げるというものがある。

 早速その効果が現れて店を出す者が出たようだった。

 

「それは確かに興味があるな。どんなカフェだい?」

「はい、“ブックカフェ”というものらしく、カフェと図書館が一体化したようなものです。」

「随分と異質な組み合わせだね。本が汚れることを防ぐ為に図書館は飲食が禁止されている所が多い。その二つを合わせるなんて、実に面白い発想だ。」

 

 “図書館”と聞いてほぼ無意識のうちに思い浮かべていたのは学園の図書館にはしゃぐ彼女の姿。

 彼女はこのカフェに興味を持ってくれるだろうか。

 自然と口角が上がる。

 

「楽しそうでなによりです。今度は俺も連れて行ってくださいね。」

「……それは約束できないかな。」

「流石に横暴だと思います。」

 

 嘆くニコルを尻目に、「用事を思い出した」と言って部屋を後にした。

 どうせ異文化を楽しむのなら彼女とが良い。

 彼女の弾けるような心を明るく照らしてくれるあの笑顔を見たい。

 歩き出した足は彼女と出会った桜の木のある場所へと向かっていた。

 この桜も叔母上の国から来たものだ。

 これに興味があるなら同じ国の文化であるブックカフェにも惹かれるかもしれない。

 単純な結び付けだが、そう思えてしまった。

 桜の木は旧校舎にある。

 普段は誰も近寄らないその場所に彼女は居るだろうか。

 段々と歩くスピードが速くなる。

 くたびれた校舎を潜ると、一片の花弁が風に流されて落ちて来た。

 どうやらまだ桜は咲いているらしい。

 少し進むとすぐに目を惹く花が視界に飛び込んでくる。

 満開とまではいかないが、確かに花を付けていた。

 その木の根元に人影を見つけた僕は迷わず駆け寄った。

 

「リリー」

 

 話しかけると、その人物は驚いて顔を上げる。

 サラッと桜色の髪が空に落ちて金色の瞳と視線がぶつかった。

 やっぱりここにいた。

 

「オ、オーエン先輩!?どうしてここに……?」

「君が居るんじゃないかと思って来たんだけど、」

 

 そこまで言ってから彼女を見ると手にはサンドイッチが握られていた。

 どうやら食事中のようだ。

 

「邪魔したかな?」

「いいえ、そんなことはないです!あ、すぐ食べちゃうので、少し待ってて下さい。」

「慌てなくて良いよ。」

 

 サンドイッチを口に駆け込もうとする彼女を落ち着かせ、横に座ると大きく開いた口を萎める。

 もぐもぐと頬に食べ物を入れる姿は小動物のようで可愛らしかった。

 その姿に癒されながら食べ終わるのを待つと、最後の一口を頬張った彼女がふわっと笑った。。

 

「またオーエン先輩に会えて嬉しいです!」

「……うん、私も嬉しいよ。」

 

 どこまでも真っ直ぐな言葉。つられて僕も本音を返してしまう。

 普段だったら他人の前では取り繕うものだ。

 それが貴族社会の当たり前。

 それをこうもあっさり破られてしまうんだから、彼女には敵いそうもない。

 

「学内では一度も会わなかったからね。」

 

 一年生と二年生。

 学年が一つ違うだけで、関わる機会は激減する。

 移動教室の場所も違えば、学んでいる科目も違う。

 当然と言えば当然なのだが、それが少し恨めしく思えてしまった。

 

「あんまりにも会わないものだから君のことを本当は妖精なんじゃないかと疑ったくらいだよ。」

 

 いくらフロアが違うとは言え、一度も会わないというのは些か不自然だ。

 特に僕は彼女のことを探していたのだから。

 それなのに見つからなかったというのが僕の不安を掻き立てた。

 君に会えないことを御伽話の存在に当てはめるほど待ち焦がれていたんだよ、と本音を包んだ軽い冗談を言ったつもりだった。

 

「ふふっ、あながち間違っていないかもしれませんよ?」

 

 それなのに彼女はそんなわけないと笑い飛ばすでもなく肯定するようなことを言って、じっと試すように僕を見た。

 何も言えない僕に背を向けて立ち上がった彼女は、桜の花に手を伸ばした。

 それを合図にしたように穏やかな風が彼女の髪を靡かせる。

 

「いつかふわぁっと居なくなっちゃうかもです。」

 

 どこか儚げな背中を見た途端、気がついたら彼女の腕を掴んでいた。

 

「先輩……?」

 

 彼女が戸惑った瞳を僕に向ける。

 このまま消えてしまうんじゃないか。

 そう思わせてならないほど美しく幻想的な姿に、なり振り構っていられなくなる。

 

「じょ、冗談ですよ。そんな間に受けないでくださ……」

「君が、本当に居なくなってしまいそうだから。」

 

 声は震えてしまっていた。

 かっこ悪い。

 こんな余裕のない姿を好きな子に見せなくなんてなかった。

 いつもの貼り付けた笑みはとうに剥がれ落ちて、必死に彼女を引き止める。

 幻滅、されていないだろうか。

 不安に思いゆっくりと彼女に視線を向けると困ったように笑う彼女と目が合う。

 その表情に嫌な想像が僕を襲った。

 

「……居なくならないとは明言してくれないんだね。」

 

 お願いだから言葉にして、と縋るように彼女を見ると彼女は困ったように肩をすくめる。

 感情の読めない、そんな笑顔を浮かべながら。

 

「誰だっていつかは居なくなります。それなのに、無責任な約束はできませんから。……先輩だって卒業したら会えなくなるじゃないですか。」

 

 本当、ジンクスを信じるくらい純粋なのにどうしてこういうことだけ現実的なのだろうか。

 いつかは居なくなる。その通りだ。

 生き物なのだから死があることは承知している。

 いや、彼女が言っているのはそのことではない、か。

 学生の関わりも卒業したら無くなってしまうというのも、その通りだろう。

 特に僕と彼女では身分が違う。

 卒業してしまえば話すことも、ましてや会うことさえなくなってしまうかもしれない。

 彼女の人生に僕が入る選択肢。

 そんなものは一つしか浮かばなかった。

 

「なら……ううん、そうだね。」

 

 僕と結婚したら、そしたら側に居させてくれる?

 その言葉は口に出す前に飲み込んだ。

 軽々しく言える立場にないことがわかっていたからだ。

 次期国王の自覚がある僕から“結婚”なんて、口走れるわけがない。

 なのに、それを一瞬でも望んでしまった。

 どうやら思っていた以上に彼女の側は心地がいいらしい。

 まあ、彼女の描く未来に僕は居ないようだが。

 それを寂しく思っていると、「あっ」と僕を見ていた彼女が何かを思い出したように声を上げた。

 

「そうでした先輩!私に何か用事があるんですよね?」

 

 パッと明るい声を出した彼女はこの雰囲気をどうにかしようと思ったのだろう。

 これ以上の追随を諦めた僕はこの流れに乗ることに決める。

 

「うん、カフェに誘おうと思ってね。」

「カフェですか?」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべてそう言えば、可愛らしく聞き返された。

 突然の言葉だから不思議に思うのも当然だ。

 

「そう。本を読めるカフェがオープンしたみたいでね、君が気に入るんじゃないかと思って……と、その顔は興味がありそうだね。」

「はい!行ってみたいです!」

 

 瞳をキラキラと輝かせた彼女は先程とは打って変わって年相応の女の子らしかった。

 

「金曜日は祝日だったよね。その日は空いてる?」

「大丈夫ですよ!」

 

 すかさず約束を取り付けると、嬉しそうに頬に手を当てる彼女がいた。

 彼女が楽しみにしているのはあくまでブックカフェの方。

 僕と出かけることに喜んでいるわけではない。

 そんなことは誰に言われなくてもわかっていた。

 ……でも、その顔はずるいんじゃない?

 僕と目が合うとはしゃいでいるのを見られたのが恥ずかしかったのか、彼女は頬を染めて目を伏せた。

 これじゃあ誰だって自惚れてしまうよ。

 君にそんな顔をさせたのは自分だって、ね。

 そのままでいて欲しいから忠告なんてする気はないけど、気をつけないとそのうち誰かに攫われてしまうかもしれないよ?

 それが、僕でない保証はどこにもないんだから。

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