第3話 告白
「……君には、敵わないな。」
独り言のように呟いた言葉は彼女に届くことはなかった。
高らかなラッパの音が辺りに鳴り響いてかき消されてしまったからだ。
その音を合図に大量の花びらが舞い落ちる。
どこから降ってきているのだろうと視線を上げれば、建物の屋上から花を降らせている人達が目に入った。
まるで雨のように降り注ぐ色とりどりのそれに、皆が足を止めて空を見上げる。
「綺麗ですね、先輩。」
あどけない瞳で僕を見つめる彼女。
花吹雪をバックに微笑むその姿は息を呑むのほど美しかった。
「あぁ、そうだね。」
本当、信じられないほど綺麗だ。
今までに見たどんな煌びやかな宝石よりも、場内に飾られたどんな高級品よりも、ずっと輝いて見える。
あまりの眩しさに目を細めると、彼女は僕の手を引いて駆け出した。
「オーエン先輩。中央はもっと凄いらしいですよ!行ってみましょう!」
ぐいぐいと引っ張る彼女に連れられて、噴水のある開けた場所に着く。
そこでは花びらだけでなく、キラキラと光る何かが舞っていた。
手を伸ばして触れると、その発行体は空中で姿を消してしまう。
「……これは、魔法?」
驚いて問いかけると、彼女は笑ってから頷いた。
「はい。貴族の方がボランティアでやっているそうですよ。」
魔法は貴族しか使うことができない。
魔法が使えることは貴族である印のようなものだ。
それが、貴族の血が流れた者が学園に通わなければならない理由だったりする。
貴族としての誇りと魔法の扱い方を学園で学ぶ。
貴族として生きる者の義務だった。
……知らなかった。
平民の祭りに貴族が参加していることも、楽しませる為に尽力していたことも。
彼女といると知らない世界を沢山見せられる。
もし一人で来ていたら、ここまで来ずに屋台エリアの賑わいを見て満足してしまっていただろう。
「私も学園で魔法を習ったら絶対ここで魔法を披露するって決めているんです。そして、ここにいる人達を笑顔にして見せます!」
「それは素敵な夢だね。」
「えへへっ」
照れ笑う彼女は人を疑うことをしない。
これがお世辞かもしれないのにそんなことを考えずに素直に言葉を受け取って喜んでいる。
それがこの貴族の社会でどれほど弱点になるかきっとわかっていないのだろう。
彼女は、貴族の世界に合わない。
どう蹴落とし合うかの会話が毎日繰り返される殺伐とした社会。
その中に彼女が入ってしまったら、傷つけられるのが目に見えている。
でも、僕は君に会えてよかったよ。
ずっと水面下で争いが繰り広げられる社会の中心で生きてきたんだ。
彼女のような存在を求めてしまうのも、無理ないのかもしれない。
「少し、休憩しようか。走ったし喉が渇いているよね?」
ベンチに彼女を座らせて、「飲み物を買ってくる」と告げるとお礼が返ってきた。
近くにあった屋台に足を進めると、店番をしている女性に声をかけられた。
「見てたよ。可愛い彼女さんだね。」
ニコニコと楽しそうなその人に僕もつられて笑顔にさせられる。
もしかしたら彼女と恋人に間違えられたのが嬉しかったからかもしれない。
飲み物を二つ頼むと、すぐにカップにレモネードを注いで手渡してくれる。
「ありがとうございます。」
代金を支払いながらお礼を言って立ち去ろうとすると、呼び止められた。
「ちょっとあんた。これを忘れてるよ、はい。」
その手にはフラワークラウンが握られている。
「これは……?」
どうして子供でも女性でもない僕にこれを渡すのだろうと不思議に思って首を傾げると女性は驚いたように声を上げた。
「あんた、彼女連れなのに知らないのかい?……しょうがないね、教えてあげよう。この花祭りには花冠を渡して受け取ってもらえたカップルは永遠に結ばれるというジンクスがあるんだよ。」
「そんなものがあるんですね。」
初耳だった。
春祭りが花祭りと呼ばれるようになったのは花が使われた催しがあるからとばかり思っていたが、どうやらこれが一番の理由らしい。
「……で、この場所で買い物をした男性におまけとして渡しているんだ。」
「そうだったんですね。では、有り難く頂きます。」
つい彼女の姿が浮かんで受け取ったものの、すぐに重いな、と考えを改める。
渡すのは辞めておこう。
知り合ったばかりの恋人でもない異性に渡されても困るだけだろう。
安易に想像できた未来に苦笑いを浮かべる。
彼女の横に自信を持って立てたらどんなに良いだろうか。
少なくともこれを何の気兼ねなく渡せるくらいの関係だったら……。
タラレバを思い描いても仕方がないというのに。
「あっ、ちょいとお待ち。」
「はい、何でしょうか?」
肩を落としながら今度こそその場を離れようとすると何かを思い出したのかまたもや声をかけられた。
「実はこのジンクスには元ネタがあってね……」
そう言って話し始めた内容はとても興味深いものだった。
思わず前のめりになって聞いてしまう。
「その話、本当ですか?」
「もちろんさ。」
そうか、彼女はこれを知っていたんだ。
だから……。
顔を真っ赤にして屋台から離れた彼女を思い出して笑みが漏れる。
うん、これなら本気なのが伝わりそうだ。
突然訪れたチャンス。逃すには惜しい。
しかもこのタイミングで知れたのに柄にもなく“運命”を感じてしまう。
「教えて頂き、ありがとうございます。」
「いやいや、上手くいくと良いね。」
もう一度お礼を言ってから少し駆け足で彼女の元へと向かう。
手にはレモネードが二つ握られていた。
フラワークラウンは収納魔法で異空間にしまってある。
驚かせる為の下準備はこれで完了だ。
もう、迷いはなかった。
「リ、リー……?」
声をかけようと近づくと、彼女の側に男性がいるのが見えた。
彼女は明らかに困った顔をしている。
……ナンパ、か。
先程あれだけ仲の良さを見せつけていたというのに、何処にでもこういう輩は居るものだな。
わかっている。
魅力的な彼女を男性が放って置かないことを。
僕がそれを咎められる立場にないことも。
それでも腑が煮えくり返りそうなほど湧き出てくるこの感情に嘘はつけなかった。
「私の連れに何をしているのかな?」
思っていたよりも低く出た声に、男性は青ざめた。
これくらいで怯むくらいなら最初から人の物に手を出さなければ良いのに。
まあ、彼女は物でもなければ“僕の”が付けられる間柄でもないのだけれど。
「……それで、何をしていたのかな?」
一向に口を開かない男性に彼女に触れかけた手をチラリと見ながら問いかけると、サッと手を引いてくれた。
「あっ、いやー彼氏連れだとは思わなくてですね。し、失礼しましたっ!」
最終的に僕の圧力に屈した男性は逃げるようにその場を後にした。
彼女を守れたという達成感と離れたせいで男を近づけてしまったという不甲斐なさで複雑な気持ちだ。
いや、どちらかというと自分を責める気持ちの方が強い。
僕はお祭りの力を舐めていたらしい。
お祭りなどのイベントは人の心を高揚させる。
変に気持ちが大きくなった輩が増えるから、こうなることは予想できたというのに。
「ごめんね、一人にして。」
「いえっ、助けてくれてありがとうございます!」
怖い思いをした後だろうに笑顔を作って気丈に振る舞う姿に胸が痛む。
こういう時素直に甘えて貰えるようになりたい。
僕はまだ、それほどの存在には値しないようだ。
僕の前で無理をしないで、その言葉を直前で飲み込んだ。
まだ、ダメだ。
そう言い聞かせる。
「はい、レモネード。」
「あ、ありがとうございます。おいくらでしたか?」
嬉しそうに受け取っても絶対に折半を譲らない彼女に苦笑してしまう。
「奢らせてはくれないんだね?」
「もう、さっきも言ったじゃないですか。むしろ先輩はどうしてそこまで奢りたいんですか?」
「……男は、かっこつけたい生き物だからね。」
彼女は僕の言葉の意味にピンと来ないようでコテンと首を傾げた。
その姿も愛らしいと思ってしまうのだから、手遅れも良い所だろう。
「それなら、先輩はかっこつけなくても良いですよ。」
急に神妙な顔になった彼女は真反対の言葉を放つ。
そんな彼女の意図が読めなくて、僕は笑顔を浮かべたまま固まってしまった。
「だって、私はありのままの先輩が知りたいんです。」
だけど次に続けられた言葉に嬉しさが込み上げる。
ありのままの僕を知りたい。
その言葉がどれほど欲しい物だったか、目の前で可愛らしい笑顔を浮かべている彼女は知らないだろう。
王太子として育てられた僕に人としての個性は求められなかった。
求められるのは王としての資質のみ。
周りの大人達からは期待の眼差しを向けられ、非凡であることを望まれた。
普通の子供のように野原を駆け回ることも友達とふざけ合うことも許されなかった。
そんな僕にありのままを望むだろうか。
いや、王として虚像でも大きく見せるべきだと言われるのがオチだろう。
だから彼女の言葉が嬉しかった。
……あぁ、どうしようもなく彼女のことが好きだ。
「……なら、これはプレゼントさせて。」
パチンと指を鳴らして異空間から彼女の頭の上にフラワークラウンを出現させた。
側から見たら瞬間移動させたかのように見えるこれは収納魔法の応用だったりする。
彼女は自分の頭の上に被せられたそれを確認して、顔を赤くした。
「こ、これはダメです!先輩は知らないかもしれませんが、これは……」
多分、なんて伝えたら良いのかわからないのだろう。
そこで言葉を止めてどうしようかと不安を顔に滲ませている彼女に僕は一歩近づく。
「よくお似合いですよ、姫?」
戯けたようにそう言うと、彼女は湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染めて、驚きを隠せないように瞬きをする。
予想通りに反応に笑みが溢れた。
「な、なんっ……先輩は知って……?」
戸惑う彼女があまりにも可愛くてクスクスと笑いが止まらなくなる。
「うん、さっき聞いたんだ。」
「あぁ、それで……って、知っているなら尚更渡したらダメですよ!」
赤くなりながらも怒る彼女が可愛くて、さらに意地悪したくなってしまった。
「どうして?」
「ど、どうしてって、それは……」
今度は困ったように眉を下げた彼女に流石にこれ以上は可哀想だなとネタバラシをすることに決める。
「リリー」
名前を呼ぶと彼女は俯いていた顔を上げた。
綺麗な瞳と目が合う。
僕はその瞳に自分の姿が映ったのを確かめてから口を開いた。
「君を愛しています。どうか、私とお付き合いしてくれませんか?」
跪いてプロポーズをする時のような体勢になると、彼女は瞳を大きくさせた。
そんな表情も堪らなく愛おしい。
「あの、えっと……急だったので、びっくりしてしまって。」
「うん、そうだよね。驚かせたよね。」
花祭り。
その名前の由来はある騎士とお姫様の恋愛物語が関係している。
国王から冷遇されていたお姫様は遂に耐えきれなくなり、護衛をしていた騎士と共に隣国に亡命を図る。
無事に成功した先で行われていた祭り。
そこで騎士はお姫様に永遠の愛を誓った。
そしてその時に渡したのが花の冠。
亡命したのでお金がない中、騎士がお姫様にプレゼントした花冠は結婚式では“永遠の幸せ”を意味する。
その言葉の通り騎士と姫はその後幸せに暮らしましたとさ。
というのが花祭りに伝わる伝承だ。
そこから花祭りでフラワークラウンを渡して受け取ってもらえたカップルは永遠に結ばれるという話になったそうだ。
そう、僕はその伝承にあやかろうとした、というわけだ。
店主が口にしていた“護衛”。あれは“永遠を誓い合った仲”を意味しているらしい。
それで彼女は恥ずかしがっていたのだ。
「返事は急がないし、ゆっくり考えて欲しい。」
「……わかり、ました。」
これが今の僕にできる精一杯。
それが実るかどうかは別の話だが。
今だけは彼女との未来を信じたい、心の底からそう思った。
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