第2話 花祭り

 待ち合わせの二十分前。

 懐中時計で時刻を確認して、蓋を閉じると金属でできた側面に僕の情けない顔が映し出された。

 それを見て、彼女を誘った時のことを思い出す。

 

 

「日曜日ですか?」

 

 目をパチクリとさせた彼女は不思議そうに僕の言葉を繰り返した。

 今週の日曜日。

 その日に平民達の一大イベントである春祭りが行われる。

 国を継ぐ者として一度見ておく必要があると判断した僕は、そこを訪れる予定だった。

 

「うん。春祭りがあるのは知っているよね?平民の祭りに興味があって行こうと思ってるんだけど、一人だと目立つから。」

「そういうことでしたら是非ご一緒させてください。私も一度行ってみたいって思ってたんです!」

 

 あくまでついでに誘ったと匂わせれば、彼女は快く頷いてくれた。

 

 

 断られるのが怖くてあんな誘い方をするなんて我ながら情けないな、と壁にもたれかかって後悔していると視界の端で駆け寄ってくる人影が目に入った。

 

「オーエン先輩、お待たせしましたか?」

「いや、私も今来た所だよ。」

 

 はぁはぁと息を切らせながら近づいてきた彼女は僕の姿を見つけて走ってきてくれたようだった。

 不安そうに見つめる彼女にニコリと微笑みかけると安心したのかふにゃっと笑う。

 

「かわいい」

 

 思ったことがそのまま言葉に出てしまって、何を言っているんだと口元を手で覆う。

 

「ありがとうございます。このワンピース、私も一目惚れしたんですよ。」

 

 裾を少し持ち上げてふわっとスカートを揺らす彼女は自分に向けられた言葉だとは思っていないようだった。

 彼女自身に向けた言葉だと告げて真っ赤になる顔も見てみたいが、今はこの笑顔を曇らせたくないと思って敢えて指摘しないでおく。

 

「うん、凄く似合っているよ。」

 

 淡い水色のワンピースは桃色の彼女の髪を映させている。

 髪はハーフアップに緩く結えられていて動くたびに不規則に揺れる。

 よく笑顔が花に例えられるが、彼女は存在自体が花のようだ。

 水色の儚げな雰囲気の今日はシンテリといったところだろうか。

 

「先輩も、その服とても似合ってます。」

 

 今日は荒い麻製の白い服にベルトを締め、ズボンは普段身につけているものよりごわごわとした動くことに重点を置いたような服装。

 お忍びの貴族をイメージした装いはいつもより質素なものだった。

 それが似合っているのは少し複雑な気もするが、彼女から褒められて悪い気はしなかった。

 

「ありがとう。じゃ、行こうか。」

 

 手を差し出すと、そっと白い手が重ねられた。

 やっり切った!と言いたげな表情に少し意地悪をしてみたくなる。

 

「今度はちゃんとエスコートさせてくれるんだね。」

「か、揶揄わないで下さい!この前だってわかってはいたんです。でも先輩のあまりにも自然な動きに驚いてしまって……」

 

 しどろもどろに弁解をする彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。

 白い頬にチークのような鮮やかさがプラスされて、より一層魅力的に見せる。

 そんな彼女は周りの視線をこれでもかと言うほど集めていた。

 いくら服装を変えても彼女の顔立ちは整っているのだから、隠しきれない可憐さがあった。

 男は綺麗な花に群がる生き物だということは頭ではわかっている。

 それでも、彼女を独占して僕の目だけに触れる場所に置きたいという欲が出てきてしまう。

 まあ、実際に行動に起こす気はないのだけれど。

 少なくとも今側に居ることを許されているのは僕なのだと、周りに知らしめるように手を握る。

 すると彼女の頬がさらに赤みを増した。

 

「どうかした?」

 

 目を丸くして僕と手を交互に見つめる彼女に何食わぬ顔で問いかける。

 普通なら添えるだけの手。それを繋いだのだから、彼女の反応は当然だ。

 だけど堂々とした僕の態度に不思議そうに首を傾げた後で、「何でもないです」と言ってから前を向いた。

 エスコートされるのに慣れていないようだったからもしかしたらと思ったけど、やっぱり突っ込まないんだ。

 また揶揄われるとでも思ったのか、これが当たり前だと自分を納得させたのかはわからないが、あっさりと受け入れられて少し罪悪感を覚える。

 いや、それだけではない。

 もしも他の人にも同じようなことをしたら……。

 そう考えるだけで腹の底から黒い感情が湧き出てくる。

 ちゃんと教えてあげないと。

 わかっているのに、このままでいたいという気持ちが邪魔をする。

 ……後でも良いか。

 結局そう結論づけて街並みにはしゃぐ彼女に視線を向けると、笑顔の彼女と目が合う。

 

「オーエン先輩、見てください!綿菓子があります!」

 

 春祭り。

 由来は豊作を願うことだが、現在では花祭りと言われるほど花で彩られる祭りだ。

 もちろん屋台も多く出店しているので広場はいつにも増して賑わっている。

 彼女は僕の手を少し引いて、目当ての品物に指を指す。

 ふわふわとしたお菓子は彼女にとても似合っているなと持っている姿を想像してから頷いた。

 うん、絶対かわいい。

「買おうか」と即決した僕達は屋台へと足を進める。

 

「すみません、綿菓子一つ下さい。」

 

 彼女が屋台の男性に声をかけると、明らかに仏頂面が崩れたのがわかった。

 

「お、嬢ちゃん別嬪さんだね。おまけで大きくしちゃうよ!」

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 ザラメを入れながらニコニコと話す店主。

 彼女はその言葉に無邪気な笑顔を返した。

 僕だけに向けられる笑顔じゃないことは初めからわかっていた。

 当たり前だ。彼女は嬉しければ笑って恥ずかしかったら照れて。感情をそのまま表に出す人なのだから。

 それを独り占めしたいなんて、ただの我儘でしかない。

 

「リリー」

 

 気がつけば彼女の名前を呼んでいた。

 顔は笑顔を保っていたけど、声には少しの冷たさが宿る。

 ねぇ、僕を見て。

 なんて子供じみた感情だろうか。

 

「おっと、彼氏連れだったか。こりゃ悪いことをしたな。」

 

 店主は彼女にではなく僕に綿菓子を渡してくれる。

 どうやら気を遣われたようだった。

 

「二百円だ。」

 

 言われた通りの金額を手に乗せると、ニヤニヤとした笑みを向けられる。

 

「お嬢ちゃん、良い護衛を持ったな。」

 

 揶揄うような言葉に彼女はボッと頬を染めた。

 

「な、何言ってるんですか!そんなんじゃありませんから!」

 

 僕の背中を押すように慌てて店主から遠ざけた彼女は、少し離れた場所まで行くと止まってくれた。

 

「すみません、急かしてしまって。」

「いいよ。それよりさっきの……」

「あーっ!そうですよ!先輩、どうしてお金払っちゃうんですか。自分の食べ物くらい自分で払います!」

 

 先程の“護衛”という言葉の意味は表面的なものではないのだろう。

 そう推測して聞こうとすると、僕の言葉に何かを思い出したのか彼女が声を重ねた。

 

「付き合ってもらってるんだし、これくらい奢らせてよ。」

 

 笑顔でそう言うと大抵の人は引き下がってくれる。

 だけど、彼女は違うようだった。

 頬に空気を入れて、不満を体現している。

 

「ダメです!『お金の切れ目は縁の切れ目』って言うぐらいなんですよ。金銭面はどんな間柄でもきっちりしないといけないんです。」


『お金の切れ目は縁の切れ目』、か。

 金銭的な繋がりで成り立っている関係はお金に左右されるという意味の言葉だったはずだ。

 彼女はそうはなりたくないと言ってくれているのだろう。

 深い意味を込めていないことくらいわかっている。

 それでも、無利益でも“僕”との関係を続けたいとも取れるその言葉に、顔がに頬が緩みそうになるのを必死に抑える。

 やはり、彼女は他の人とは違う。

 金に物を言わせる人とは違って、人との関わりを大切にする人なんだ。

 

「わかった。それじゃあ、受け取っておくね。」

 

 差し出された二枚の硬貨を受け取ると彼女は満足したのかふふっと嬉しそうに笑った。

 その笑顔が堪らなく愛おしくて、ほぼ無意識のうちに手を伸ばしていた。

 僕と彼女の顔が近づく。

 不思議そうな顔をした彼女は何をされそうになっているのかわかっていないようで、全く警戒心がない。

 

「……花びら、付いてたよ。」

 

 グッと感情を押し殺して微笑む。

 

「わ、ありがとうございます。」

 

 そんな僕に彼女はまた笑顔を浮かべた。

 とても純粋で真っ直ぐな笑顔。

 それが愛おしいと感じるのと同時に、とても憎らしいと思ってしまった。

 もう少し野心を持ってよ。

 貴族に取り入ってのし上がってやろうって。

 家族を見返してやろうって。

 そしたらもっとやりやすいのに。

 こんなに悩むことなんてせずに喜んで騙されてあげるのに。

 

「オーエン先輩、どうしたんですか?もしかして、体調がよくないとかですか?」

 

 黙り込んでしまった僕を心配そうに覗く金色の瞳には曇りなんてなく、とても綺麗な色をしている。

 

「大丈夫、少し考え事をしていただけだよ。」

 

 笑って誤魔化すと、彼女は眉を寄せた。

 

「先輩がそうおっしゃるなら無理に聞くことはしません。ですが、その言葉が嘘だってことくらい流石にわかりますよ?」

 

 本当、どうしてこういうことだけ鋭いのだろうか。

 恋愛方面には疎いのに、それ以外の感情には聡く、今欲しい言葉をくれる。

 そんな女性は存在するのだろうか。

 まるで誰かが意図的に作り上げたような完璧さに少しだけ違和感を覚える。

 ……まさか、ね。

 こんな綻びを見つけて自制するくらい、僕は恐れているのかもしれない。

 このまま彼女に溺れてしまうことを。

 

「……君には、敵わないな。」

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