第二章~六月の残響・ゲシュタルトの円~
六月に入ると、グラウンドの空気が変わった。夏の大会が近づいている。それだけの理由で説明できる変化のはずだった。それでも、県立K高校の野球部には言葉にしづらい張り詰め方があった。原因の一つは、エースの阪田先輩が練習に来なくなったことだ。力も実績もあって、今年のチームの中心にいる投手。みんなから頼られていた。そんな阪田先輩は、去年の夏が終わってから僕にだけ強く当たるようになった。理由は分からない。何か決定的なことを言われたわけでもない。ただ、視線や声の調子が明らかに違う。僕に向けられるそれは明らかに硬かった。僕はその理由を考えないようにしていた。わからないものを追いかけても答えは出ない。部活ではそういうことが起こる。誰かが誰かに苛立つ理由なんていちいち整理されない。
六月に入って阪田先輩は姿を見せなくなった。最初は何か事情があるのだろうと思った。誰も説明しない。説明がないこと自体、この部では珍しくない。それでも僕の中には妙な納得があった。あの人は、消えた。正確には、僕の前から消えた。なぜそう思ったのか、自分でもよくわからない。ただ、そう考えると落ち着いた。
ブルペンでボールを投げるとキャッチャーミットで捕球音が短く途切れた。乾いた音がして、すぐに砂に吸われていく。先輩の顔を思い出そうとして、途中でやめた。思い出せないわけじゃない。思い出さなくていい、と思っただけだ。それで何かが変わるわけでもない。夏の大会は六月の終わりに始まる。去年と同じ。ただそれまでに自分のできることをやるだけだ。
夜、寮の窓からグラウンドを見ると、照明と影の境目がやけに鮮明だった。マウンドは無人のはずだ。まだだれが立つか決まっていない。そう思いながら目を凝らすと、土の上に小さな影が揺れているのに気づいた。気のせいだと思ったが、確かに立っているように見えた。ただ、そこに立つ影の存在が、僕の胸の奥に冷たいざわめきを走らせた。
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