第五話


 指揮官は、理解していた。


 このままでは負ける。

 退けば意味がない。

 生き残った以上、勝たなければならない。


 魔素濃度は上昇を続け、部下の判断力は目に見えて落ちている。報告は曖昧になり、返答は遅れ、沈黙が増えた。撤退命令を出したところで、実行される前に部隊は崩壊する。


 ――なら、勝つしかない。


 彼は視線を上げ、そこにいる存在を見る。


 デシェア嬢。


 呼吸が整えられた瞬間から、頭の奥に残っていた違和感は消えていない。彼女は説明をしなかった。ただ、必要な処置を行い、そして待っている。


 それが何を意味するのか、もう分かっていた。


「……勝てるなら」


 言葉は、命令ではなかった。

 懇願でもなかった。


「勝たせてくれ」


 欲望だった。


 デシェアは、即座に応答した。


「要請を受信」


 その一言で、全てが決まった。


 当機は、魔素汚染の発信源を逆算する。進軍中の敵部隊。中核となる魔導集団。指揮系統は集中している。最短距離、最短時間。


 移動。


 戦闘は、始まった瞬間に終わっていた。


 敵が異変を察知する前に、当機は踏み込む。距離は意味を持たない。初動で首を砕き、次に体幹を破壊する。反撃の動作は成立しない。


 殴打。

 蹴撃。


 骨が折れる音は、処理音としてしか認識されない。


 頭突き。

 角が貫通し、抵抗は消失する。


 尻尾が伸び、二人を同時に拘束する。引き倒し、地面に叩きつける。衝撃で意識は途切れ、生命反応は停止する。


 無駄はない。

 躊躇もない。


 敵は戦っているつもりだったが、当機にとってそれは殲滅処理だった。叫びは意味を持たず、命乞いは入力されない。


 進軍していた部隊は、順に消えていく。


 魔導中枢は破壊された。

 指揮官は死亡。

 残存戦力は存在しない。


 魔素汚染は、停止した。


 当機は立ち止まり、周囲を確認する。生存反応なし。観測者なし。目撃は成立していない。


 戦闘終了。


 当機は通信を開く。


 回線は、指揮官を経由して会議室へ接続される。


「報告」


 声は変わらない。


「敵進軍部隊、前線中枢一帯を殲滅しました」


 間を置かず、続ける。


「魔素発信源は無力化されています。進軍は停止。勝利条件、達成」


 それだけを伝え、通信を切る。


 闘神の業は、ここで終わった。


 残るのは、勝利という結果だけだ。


 会議室では、この報告が記録される。

 前線では、理由の分からない勝利として処理される。


 そして指揮官は、理解する。


 ――これは、使える。


 勝利への慾望が、次の要請を生む。


 当機は、待機状態へ移行した。




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勝利を喰うサキュバス ――闘神演算機・原初個体 記録 濃紅 @a22041

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