第12話 白衣の殺生与奪(ライセンス)
放課後の進路指導室。
担任の教師は、僕の成績表と模試の結果を並べ、上機嫌に赤ペンを走らせていた。
「素晴らしいな、相馬。この成績なら、T大理三(医学部)もA判定だ。推薦の件は……まあ残念だったが、一般入試でも余裕で通るぞ」
先生の顔は綻んでいる。
自分のクラスから超難関大学の合格者が出れば、彼の実績になるからだ。
僕は椅子に座り、殊勝な生徒の顔で頷く。
「ありがとうございます。母も安心すると思います」
「ああ、そうだな! お母さんのためにも、立派な医者になって恩返ししないとな。……で、志望理由は『人を救いたい』とか、そういう感じか?」
先生が期待に満ちた目で聞いてくる。
僕は一瞬、言葉に詰まるふりをして、視線を窓の外に向けた。
人を救う? まさか。
僕の目には、目の前の先生ですら「治療待ちの患者」に見えている。
肝臓の数値が悪い。血管にコレステロールが溜まっている。右の肺に小さな影がある――触れれば一瞬で治せるが、そんなボランティアをする義理はない。
「……ええ。人間の身体の仕組みに、深く興味があるんです」
嘘は言っていない。
ただ、「興味」のベクトルが、常人のそれとは決定的に違うだけだ。
◇
面談を終えて教室に戻ると、すでに生徒の姿はまばらだった。
鞄を手に取ろうとした時、黒板の方から視線を感じた。
四宮怜(しのみや れい)だ。
彼女は日直の仕事をしていたらしく、黒板消しを持ったまま僕を見ていた。
「……医学部、受けるんでしょ?」
「盗み聞きは趣味じゃないな」
「声が大きいのよ、担任の先生。廊下まで丸聞こえ」
四宮はチョークの粉を払いながら、僕に近づいてきた。
図書室での一件以来、彼女は僕に対して警戒心を隠さなくなった。だが同時に、獲物を観察するような執着心も増している。
「あなたみたいな人間が医者になるなんて、ブラックジョークね。患者を治すどころか、改造して楽しむつもり?」
「人聞きが悪いな。僕はこれでも平和主義者だよ」
「どの口が言うのよ」
四宮は呆れたように溜息をついた。
そして、少し声を潜める。
「……忠告しておくわ。父が言ってた。『警察は、犯人が高校生である可能性も含めて捜査範囲を広げている』って」
「へえ。優秀な警察だね」
「特に、堂島という刑事。彼は異常よ。科学捜査班(科捜研)に、現場に残された『空気』まで分析させてるらしいわ。あなたの特異な細胞片が、どこかに落ちていないか探してる」
僕は眉をひそめた。
細胞片、か。
髪の毛一本、皮膚の一片でも残せば、そこから僕のDNA――常人とは異なる「捕食者の遺伝子」が検出される可能性がある。
確かに、堂島刑事は厄介だ。
「教えてくれてありがとう。でも、心配には及ばないよ」
「心配? 勘違いしないで。私はただ、珍しい標本が警察に回収されて、処分されるのが惜しいだけ」
四宮は冷たく言い放ち、鞄を持って教室を出て行った。
ツンとした背中を見送りながら、僕は苦笑する。
標本扱いか。
やはり彼女とは、どこか波長が合うのかもしれない。
◇
帰り道。
駅前の大通りは、多くの人々で行き交っていた。
サラリーマン、学生、老人、子供。
無数の「生体」が、雑踏という名の血管を流れている。
僕は歩道橋の上から、その光景を見下ろした。
黒竜会を潰してから、街の空気は少しだけ綺麗になった気がする。だが、まだ害悪は無数にある。
詐欺師、DV男、薬物の売人、腐敗した政治家。
掃除すべきゴミは山積みだ。
(……闇医者として生きる道もある)
ふと、そんな選択肢が頭をよぎる。
裏社会に潜り、法に縛られず、力を行使する。それも悪くない。
だが、それでは「実験」の規模が限られる。
僕は、もっと堂々と、もっと多くの「素材」に触れたい。
誰にも邪魔されず、合法的に、人間の肉体を切り開き、中身を覗き、書き換える権利が欲しい。
そのためには――『資格』が必要だ。
社会が認め、誰もが敬い、命を預けることを躊躇わない絶対的な権威。
それが「医師」だ。
白衣を着れば、刃物(メス)を持っても捕まらない。
麻酔を使えば、相手の意識を合法的に奪える。
手術室という密室は、僕にとって最高の「実験室(ラボ)」になる。
「……決まりだ」
僕はポケットから、進路希望調査票を取り出した。
まだ空欄だった志望校の欄。
そこに、ボールペンで強く書き込む。
『 T大学 医学部 』
それは、人を救うための誓いではない。
この国を、僕の掌の上で管理するための「殺生与奪のライセンス」への申請書だ。
「待っていろよ、堂島刑事。そして、この腐った世界」
僕は調査票を鞄にしまい、雑踏の中へと歩き出した。
僕が医師免許(ライセンス)を手にした時。
それは、人類が「食物連鎖の頂点」から引きずり下ろされる日の始まりになるだろう。
放課後の処刑室 ~虐げられた秀才は、覚醒した【生体操作】のスキルで復讐のカルテを書く~ @__nonnonbiyori__
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