第3話

「灰燼の町」


---


翌朝、俺は陽が昇る前に目を覚ました。


体に染みついた習慣だ。グリューネヴァルト家では、夜明け前の鍛錬が日課だった。どれだけ遅く寝ても、体が勝手に起きる。


窓の外はまだ薄暗い。


ベッドの脇——床に敷かれた毛布の上で、リーゼロッテが眠っている。


「……」


昨夜、ベッドを譲ろうとしたら断られた。


『私は侍女でした。主人より良い寝床で眠る習慣がありません』


頑固な女だ。


俺は静かに立ち上がり、窓辺に寄った。


安宿の窓から見えるのは、灰色の町並み。朝靄が低く垂れ込め、遠くの城壁がぼんやりと霞んでいる。


アッシュフォード。


帝国の南端に位置する辺境の町。特産品もなく、観光名所もない、何の変哲もない場所——のはずだった。


だが、昨日歩いた時に感じた違和感が、まだ胸に残っている。


住民たちの暗い顔。壁に刻まれた不満の落書き。やたらと多い衛兵の数。


何かがある。


この町には、何かがある。


「……俺には関係ねえ」


呟いて、俺は窓から離れた。


関係ない。俺の目的は、金を稼ぎ、情報を集め、次へ進むことだ。この町の事情に首を突っ関わっている余裕は——


「おはようございます、レオン様」


背後から声がした。


振り返ると、リーゼロッテが上体を起こしていた。銀髪が寝乱れ、目元にはまだ眠気が残っている。


「……起こしたか」


「いいえ。私も、この時間に起きる習慣がありますので」


「そうか」


リーゼロッテは毛布をたたみ、手早く身支度を整えた。


昨夜、宿の主人に頼んで、彼女の着替えを用意させた。奴隷服のままでは目立つ。今は簡素な麻のワンピースを着ている。


「今日の予定は?」


「依頼をこなす。昨日受けたゴブリン退治がまだ残ってる」


「私も同行してよろしいですか」


「……足手まといになるなよ」


「なりません」


リーゼロッテは真っ直ぐに俺を見た。


その目に、迷いはない。


「……ならいい。行くぞ」


俺は部屋を出た。


---


宿を出ると、町はまだ眠りの中にあった。


大通りには人影がない。露店も閉まっている。聞こえるのは、遠くで鳴く鶏の声と、野良犬の足音くらいだ。


俺たちは町の東門へ向かった。


「レオン様」


「何だ」


「昨日のこと、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「昨日?」


「奴隷商人を——殺されましたね」


「ああ」


「あれで、よかったのですか」


俺は足を止めた。


リーゼロッテを振り返る。


「何が言いたい」


「いえ……ただ、あなたは今、追われる身なのでしょう? 目立つことをすれば、追っ手に見つかりやすくなるのでは」


「……」


正論だ。


昨日の俺の行動は、冷静に考えれば愚策だった。二十人もの男を殺せば、必ず噂になる。噂になれば、帝国の耳にも届く。


分かっていた。分かっていて——やった。


「お前を助けるためだ。文句あるか」


「いいえ。文句はありません。ただ——」


「ただ?」


「ありがとうございます、と。改めて」


「……」


俺は歩き出した。


「礼はいらねえって言っただろ」


「はい。でも、言いたいのです」


「勝手にしろ」


「はい。勝手にします」


背後から、小さな笑い声が聞こえた。


俺は振り返らなかった。


振り返ったら、何か言ってしまいそうだったから。


---


東門を抜け、町の外に出た。


朝靄の向こうに、森が見える。


アッシュフォードの東に広がる「灰燼の森」——かつて、この地域一帯を覆っていた大森林の名残だ。


百年前、大規模な山火事があったらしい。森の大半が焼け、今は小さな雑木林が残るのみ。名前だけが、当時の面影を伝えている。


「ゴブリンの目撃情報は、この森の入り口付近だ」


「はい」


「お前は後ろにいろ。手を出すな」


「分かりました」


俺たちは森に入った。


朝靄が濃い。視界は十メートルほど。足元には枯れ葉が積もり、歩くたびにかさかさと音を立てる。


五分ほど歩いたところで、俺は足を止めた。


「……いるな」


「え?」


「気配だ。三——いや、五匹」


俺は剣の柄に手をかけた。


ゴブリン。


人型の魔物で、体長は人間の子供ほど。知能は低いが、群れで行動する習性がある。単体なら雑魚だが、数が増えると厄介になる。


「ギギッ——!」


茂みから、緑色の小鬼が飛び出してきた。


手には粗末な棍棒。黄色い目が、獲物を見つけた獣のように光っている。


「レオン様!」


「下がってろ」


俺は一歩踏み出し、剣を抜いた。


最初の一匹——首を刎ねる。


二匹目が棍棒を振り上げる。遅い。横薙ぎに斬り捨てる。


三匹目、四匹目が同時に襲いかかってくる。半歩下がって躱し、返す刀で二匹まとめて両断する。


五匹目が逃げようとする。


逃がさない。


投擲。剣が回転しながら飛び、ゴブリンの背中に突き刺さる。


「——終わりだ」


五秒。


五匹のゴブリンが、全て絶命していた。


「……」


俺は剣を回収し、血を払った。


振り返ると、リーゼロッテが目を丸くしている。


「どうした」


「いえ……本当に、お強いのですね」


「この程度、強いうちに入らねえ」


ゴブリン五匹。一割の力も使っていない。


これが本来の俺なら——いや、やめよう。今の俺には、「本来」も「全力」もない。あるのは、制限された力と、残り五年の命だけだ。


「証拠を持ち帰る。耳でいいか」


「耳……ですか」


「ああ。ギルドに提出すれば、報酬が出る」


俺は短剣を取り出し、ゴブリンの耳を切り取り始めた。


リーゼロッテは少し顔をしかめたが、何も言わなかった。


---


ギルドに戻り、ゴブリンの耳を提出した。


「はい、確認したわ。ゴブリン五匹分ね。報酬は銀貨三枚」


受付嬢が銀貨を差し出す。


「次の依頼を受ける」


「熱心ね。——どれにする?」


俺は掲示板を見た。


昨日と同じような依頼が並んでいる。薬草採取、荷物運搬、害獣駆除——


「……これは?」


一枚の依頼書に目が留まった。


『山賊討伐 報酬:金貨一枚 ※Dランク以上推奨』


「ああ、それ。最近、町の近くに山賊が出るのよ。商人が何人か襲われてる」


「Gランクでも受けられるか?」


「規則上は駄目。でも——」


受付嬢が俺を見る。


「あんた、昨日登録したばかりよね。なのに、ゴブリン五匹を瞬殺。しかも傷一つなし」


「……」


「正直に言って、あんたの実力がGランクとは思えない。何か事情があるんでしょうけど、詮索はしないわ」


受付嬢は肩をすくめた。


「特例で受けさせてあげてもいい。ただし、死んでも自己責任。いい?」


「ああ」


「じゃ、これ。場所は町の北、旧街道沿いの廃墟。山賊のアジトがあるって情報よ」


俺は依頼書を受け取った。


---


ギルドを出ると、リーゼロッテが口を開いた。


「山賊討伐……ですか」


「ああ。金貨一枚は大きい」


「危険では?」


「俺には余裕だ」


「……私は、足手まといになりませんか」


俺は足を止めた。


リーゼロッテを見る。


彼女は俯いていた。握りしめた拳が、かすかに震えている。


「私には、戦う力がありません。剣も使えない。魔法も——少ししか」


「少し?」


「……聖女の血を引いている、と言われました。癒しの力が、少しだけ」


癒し。


回復魔法の一種か。


「使えるのか」


「はい。小さな傷なら、治せます。でも、大きな傷は——」


「それでいい」


俺は歩き出した。


「え?」


「俺は怪我をしない。だが、万が一がある。その時、お前が治せるなら——使い道はある」


「……」


「足手まといにはならねえよ。お前は後方にいろ。俺が敵を片付ける。終わったら、必要なら治療しろ。それだけだ」


「……はい」


リーゼロッテの声が、少し明るくなった。


「ありがとうございます、レオン様」


「礼はいい。行くぞ」


俺は北に向かって歩き出した。


---


旧街道は、町の北門から伸びていた。


かつては帝都へ続く主要道路だったが、新しい街道が整備されてからは使われなくなった。今は雑草が生い茂り、所々で石畳が崩れている。


「人の気配がある」


俺は足を止めた。


前方、五十メートルほど先。廃墟となった宿場の建物が見える。


「何人だ……七、八——いや、十人以上か」


「そんなに」


「ああ。だが、大半は雑魚だ。問題ない」


俺は剣を抜いた。


「ここにいろ。動くな」


「はい」


リーゼロッテが頷く。


俺は廃墟に向かって歩き出した。


---


廃墟の入り口に、見張りが二人いた。


「おい、誰だお前——」


言い終わる前に、一人目の首を刎ねる。


「て、敵だ——ッ!」


二人目が叫ぶ。


叫び声が終わる前に、心臓を貫く。


「何事だ!」


建物の中から、武装した男たちが飛び出してくる。


五人、六人、七人——最終的に、十二人。


「一人だと!? 舐めやがって——!」


「殺せ!」


山賊たちが一斉に襲いかかってくる。


俺は息を吐いた。


二割の力。それで十分だ。


最初の一人——袈裟斬り。


二人目——突き。


三人目、四人目——横薙ぎで二人まとめて。


「ば、化け物——ッ!」


五人目が剣を落として逃げようとする。


逃がさない。背後から斬り伏せる。


六人目が弓を構える。矢が放たれる。


俺は首を傾けて躱し、距離を詰め、弓使いの喉を掻き切る。


七人目、八人目、九人目——


三十秒後、立っている敵は三人になった。


「ひ、ひいいっ——!」


「化け物だ! 化け物が来た!」


残った三人が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


追うか?


——いや。


「逃げた奴は放っておく。依頼は『討伐』であって『皆殺し』じゃねえ」


俺は剣を振り、血を払った。


廃墟の中を見回す。盗品らしき荷物がいくつか。それと——


「……人質か」


奥の部屋に、縄で縛られた人間が三人いた。


商人らしき中年の男と、その家族だろうか。女と、十歳くらいの子供。


「た、助けてくれ……!」


「……」


俺は縄を斬った。


「怪我は」


「あ、ありがとうございます……! 怪我は、大丈夫です……」


「そうか。町まで戻れるか」


「は、はい……」


商人が頭を下げる。


「あの、お礼を——」


「いらねえ。さっさと帰れ」


俺は踵を返した。


---


廃墟を出ると、リーゼロッテが駆け寄ってきた。


「レオン様! ご無事ですか!」


「見ての通りだ」


「血が——」


「返り血だ。俺の血じゃねえ」


「……そう、ですか」


リーゼロッテが、ほっと息をついた。


「本当に、お強いのですね」


「これくらいは普通だ」


「普通……ですか」


俺は歩き出した。


「帰るぞ。ギルドに報告して、報酬を受け取る」


「はい」


リーゼロッテが後をついてくる。


「レオン様」


「何だ」


「あの人たち——人質にされていた方々。助けてあげたのですね」


「……たまたまだ。いたから、助けた。それだけだ」


「そうですか」


リーゼロッテの声に、かすかな笑みが混じっている。


「何がおかしい」


「いいえ。ただ——レオン様は、優しい方なのだな、と」


「はあ?」


「昨日は私を助けてくださいました。今日は、見ず知らずの人質を助けました。口では関係ないと仰いますが、結局——助けてしまう」


「……」


「それは、優しさではないのですか」


俺は足を止めた。


振り返り、リーゼロッテを睨む。


「勘違いするな」


「はい」


「俺は優しくなんかねえ。ただ——」


「ただ?」


「……目の前で誰かが苦しんでるのを見ると、気分が悪いだけだ」


「それを、優しさと言うのでは」


「違う」


「そうですか」


リーゼロッテは微笑んだ。


反論を許さない、穏やかな笑み。


「……もういい。行くぞ」


俺は歩き出した。


背後で、小さな笑い声が聞こえた。


---


ギルドに戻ると、受付嬢が目を丸くした。


「え、もう終わったの?」


「ああ」


「山賊のアジト、十人以上いたはずなんだけど」


「九人殺した。三人は逃げた。人質が三人いたから、助けた」


「……マジで?」


「嘘ついてどうする。確認したいなら、行って見てこい」


受付嬢は俺をじっと見つめた。


それから、深くため息をついた。


「……あんた、本当に何者なのよ」


「ただの冒険者だ」


「嘘おっしゃい。Gランクがこんな依頼を半日で片付けるわけないでしょ」


「俺は強い。それだけだ」


「それだけ、って……」


受付嬢は頭を掻いた。


「まあいいわ。報酬、金貨一枚ね。——それと、ランクを上げておくわ。Gじゃ話にならない」


「好きにしろ」


「Eランクでいい? 本当はもっと上でもいいと思うけど、いきなり上げすぎると目立つから」


「ああ。それでいい」


受付嬢が新しいプレートを差し出す。


「E」の文字が刻まれている。


「ありがとう」


「どういたしまして。——また依頼、待ってるわね」


俺はギルドを出た。


---


宿に戻る道すがら、リーゼロッテが口を開いた。


「金貨一枚。大金ですね」


「ああ。これで当分は食いつなげる」


「次は、どうされるのですか」


「……」


俺は立ち止まった。


次。


そうだ、次を考えなければならない。


この町に長居するつもりはない。金を稼ぎ、情報を集め、次へ進む。


弟を助ける。父を助ける。そのために——


「情報が必要だ」


「情報、ですか」


「ああ。帝国の動き。俺の追っ手の状況。弟がどこにいるか。父がどうなっているか」


「……私に、お手伝いできることはありますか」


俺はリーゼロッテを見た。


「お前、ルミナス公爵家に仕えてたんだよな」


「はい」


「なら、貴族社会に詳しいか」


「……ある程度は」


「教会はどうだ」


「教会、ですか」


リーゼロッテの表情が、わずかに曇った。


「……少しだけ」


「俺を追放したのは、教会の大司教だ。グレゴリウス・サンクトゥスという男。知っているか」


「……」


リーゼロッテは沈黙した。


その沈黙が、答えだった。


「知っているな」


「……はい」


「何を知っている」


「……」


リーゼロッテは俯いた。


握りしめた拳が、かすかに震えている。


「私が……奴隷に落ちた理由と、関係があります」


「……そうか」


俺は待った。


無理に聞き出すつもりはない。彼女が話したくなるまで——


「レオン様」


「何だ」


「今夜、お話しします。私のことを——全て」


「……いいのか」


「はい。あなたには、知っていただきたいのです」


リーゼロッテが顔を上げた。


金色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。


「私は、あなたの力になりたい。そのためには——隠し事はできません」


「……」


俺は頷いた。


「分かった。今夜、聞かせてもらう」


「はい」


リーゼロッテは微笑んだ。


だが、その笑みの奥に——暗い影が見えた気がした。


---


宿に戻り、夕食を取った。


固いパンと、薄いスープ。辺境の安宿では、これが精一杯だ。


「……まずいな」


「そうですね」


「お前、貴族の屋敷で働いてたんだろ。こんな飯、食えるか」


「食べられます。私は——もっとひどいものも、食べてきましたから」


「……そうか」


俺はそれ以上、聞かなかった。


食事を終え、部屋に戻る。


窓の外は、もう暗い。月明かりが、薄く部屋を照らしている。


「では——お話しします」


リーゼロッテが、椅子に座った。


俺はベッドに腰を下ろし、彼女を見た。


「私の名は、リーゼロッテ・アッシェンバッハ。元々は、帝国南部の小さな男爵家の娘でした」


「男爵家?」


「はい。でも、家は——五年前に、没落しました」


「何があった」


「……父が、借金を抱えていたのです。返済のために、私は——売られました」


「……」


「最初は、ルミナス公爵家の侍女として。公爵家は、『聖女の血』を持つ私を欲しがりました」


「聖女の血」


「はい。私の母方の祖母が、聖女の血を引いていたそうです。その力が、隔世遺伝で——私に現れた」


リーゼロッテは自分の手を見つめた。


「癒しの力。傷を治し、病を癒す力。聖女の血を引く者だけが持つ、特別な力」


「……便利な力だな」


「はい。でも——その力が、私の不幸の始まりでした」


リーゼロッテの声が、かすかに震えた。


「ルミナス公爵家は、私を『道具』として扱いました。公爵様が怪我をすれば治せ。客人が病気なら癒せ。私は——人間ではなく、便利な道具だった」


「……」


「それでも、我慢できました。衣食住は保証されていたし、暴力を振るわれることもなかった。でも——」


「でも?」


「二年前、教会が来ました」


リーゼロッテの目が、暗く沈んだ。


「グレゴリウス大司教様が、直々に」


俺の体が、強張った。


グレゴリウス・サンクトゥス。


俺に「終焉凍結」の呪いをかけた男。


「大司教様は、私の力を——『研究』したいと仰いました」


「研究?」


「はい。聖女の力の源を調べたい、と。私は——教会に引き渡されました」


「……何をされた」


「……」


リーゼロッテは俯いた。


長い沈黙が流れた。


「……血を抜かれました」


「血?」


「はい。毎日、毎日——少しずつ。聖女の血を採取する、と」


「……」


「それだけではありません。『実験』もされました。私の力がどこまで使えるか。どこまで治せるか。限界はどこか」


リーゼロッテの拳が、白くなるほど握りしめられている。


「重傷の囚人を連れてきて、治せと言われました。治せなければ——私の血が足りないせいだ、と。もっと抜かれました」


「……」


「半年ほどで、私は——壊れかけました。体が持たなかったのです。血を抜かれすぎて、立てなくなりました」


俺は黙って聞いていた。


拳を握りしめながら。


「教会は、私を『使えない』と判断しました。そして——奴隷商人に売り渡した」


「……それで、昨日の馬車に」


「はい」


リーゼロッテが顔を上げた。


金色の瞳に、涙が光っている。


「レオン様。あなたは——大司教様に、何をされたのですか」


「……」


俺は彼女を見つめた。


話すべきか。話すべきでないか。


——いや。


彼女は全てを話した。なら、俺も話すべきだ。


「俺は——追放された」


「追放……」


「濡れ衣を着せられた。皇太子暗殺未遂の罪でな」


「そんな……」


「そして、大司教に呪いをかけられた。『終焉凍結』という呪いだ」


「終焉凍結……?」


「俺の力が、俺の寿命と結びつけられた。全力を出せば、寿命が削られる」


リーゼロッテの目が、大きく見開かれた。


「そんな……それでは——」


「ああ。俺の余命は、あと五年ほどだ」


沈黙が落ちた。


月明かりが、二人の間に影を落としている。


「レオン様……」


「言っておくが、同情はいらねえ」


「……」


「俺は死なない。五年で十分だ。俺を陥れた奴らを全員ぶっ潰して、弟を助けて、父を助けて——」


「レオン様」


リーゼロッテが立ち上がった。


俺の前に来て、膝をついた。


「何を——」


「私の力を、お使いください」


「は?」


「聖女の癒しは、傷を治すだけではありません。命を——分け与えることもできるのです」


俺の心臓が、跳ねた。


「……何だと」


「私の命を削って、あなたの寿命を延ばせるかもしれません。確証はありませんが——試す価値はあるはずです」


「馬鹿言うな」


俺はリーゼロッテの肩を掴んだ。


「お前の命を削ってどうする。俺のために死ぬ気か」


「死にません。少しずつ——」


「少しずつでも駄目だ。そんなことは許さねえ」


「でも——」


「お前は俺を助けたいんだろ。なら、生きてろ。生きて、俺を助け続けろ。死んだら——意味がねえだろうが」


「……」


リーゼロッテが、俺を見上げた。


涙が、頬を伝っている。


「レオン様……」


「泣くな。俺は——お前に泣いてほしくて話したんじゃねえ」


「……はい」


「俺たちは、同じ敵を持っている。グレゴリウス・サンクトゥス。あいつが——俺たちを苦しめた元凶だ」


「……はい」


「だから——協力する。お前は俺を助けろ。俺は——お前を守る」


「……守る、ですか」


「ああ。二度と、あんな目に遭わせねえ。誓う」


沈黙が流れた。


月明かりの中、リーゼロッテの涙が——かすかに光っていた。


「……ありがとう、ございます」


「礼はいい」


「いいえ。言わせてください」


リーゼロッテが、微笑んだ。


涙を流しながら、それでも——笑っていた。


「私は——あなたについていきます。どこまでも」


「……勝手にしろ」


「はい。勝手にします」


俺はリーゼロッテの手を取り、立たせた。


「明日から——本格的に動く。この町で情報を集めて、次の目的地を決める」


「はい」


「お前の知識が必要になる。貴族社会のこと、教会のこと——全部教えろ」


「はい。何でもお話しします」


「よし」


俺は窓の外を見た。


月が、雲に隠れようとしている。


「五年あれば十分だ」


呟く。


「お前を苦しめた奴らも、俺を陥れた奴らも——全員、終わらせてやる」


「……レオン様」


「何だ」


「私も——終わらせたいです。私を『道具』として扱った者たちを」


「……」


俺はリーゼロッテを見た。


金色の瞳に、静かな炎が燃えている。


復讐心——ではない。もっと純粋な、強い意志。


「いいだろう」


俺は頷いた。


「一緒に終わらせてやる。——全部」


---


その夜、俺はなかなか眠れなかった。


ベッドに横たわり、天井を見つめる。


リーゼロッテは、床の毛布の上で静かに寝息を立てている。


「……」


追放から八日。


俺は今、帝国から追われる反逆者だ。余命は五年を切っている。金もない。力も制限されている。


だが——


「一人じゃねえ、か」


呟きが漏れた。


隣で眠る少女。聖女の血を引く、不思議な女。


彼女は、俺の敵ではない。俺の味方——かもしれない。


「……馬鹿馬鹿しい」


俺は目を閉じた。


信じるな。期待するな。誰かに頼るな。


俺は一人で十分だ。一人で——


「……」


だが、隣で聞こえる寝息が——なぜか、心地よかった。


---


**第二話「灰燼の町」終**


---


**▼ 次話予告**


アッシュフォードの闇が、少しずつ明らかになる。

町を支配する領主の正体とは。

そして、レオンハルトの前に現れる「招かれざる客」——


**第三話「領主の影」**


*「この町は腐ってる。——だが、俺には関係ねえ。関係ねえはずなんだが……チッ、面倒くせえ」*


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『追放された終焉公爵は余命五年らしいので、帝国を潰してから死ぬことにした』 @saijiiiji

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