あの手、この手。

朝比奈爽士

あの手、この手。

 両親と繋いだ手を、今でも私は覚えています。


 当時の私はまだ幼く、傷一つない柔らかな手をしていました。


 焼きたてのパンのように、ふっくらと柔らかいその手は、私の密かな自慢でした。

 

 お出かけの際に両親は、必ず私の手を握ってくれます。


 車から降りるときに手を添えられ、そのまま離されることなく、店の入り口まで歩いたのです。


 母親の手は、少しザラザラしていました。


 食器を洗い、洗濯物を干し、何度も水に触れてきたせいでしょう。

 

 その手が早く元に戻ればいいと願いながら、私は小さな手に力を込めました。

 

 父親の手は、大きく、ゴツゴツしていました。


 林業や農業など、現場仕事の多い人でしたから、掌は厚く、指の節も硬いのです。


 いつか自分も、こんな手になるのだろうか。


 そう思いながら、私はその手を離しませんでした。


 両親の手に挟まれて歩く道は、どこまでも安全な場所のように感じられました。


 ――そして、現在。


 この手は、もう柔らかいものではありません。


 小さな切り傷や、消えきらない跡が増え、気づけば、記憶の中の両親の手に似てきています。


 時に支えられ、時には強く握りしめてきた手です。


 両親のあの手は、私にとって平穏そのものでした。


 では、この手は。


 いつか誰かの不安を、そっと包み込むことができるのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの手、この手。 朝比奈爽士 @soshi33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画