第36話異常検知

管理室に、

 警告音は鳴らなかった。


 それが――

 異常だった。


 官兵衛は、

 起動してから

 一度も瞬きをしていない。


 視線は、

 複数の世界線を

 同時に追っている。


「……検知」


 低い声。


 短い。


 だが――

 管理室の空気が

 一段引き締まる。


「異常兆候、

 発生中」


 俺は、

 すぐに視線を向ける。


「内容は?」


「数値上は、

 正常」


 官兵衛は、

 即答する。


「だが――

 収束が早すぎる」


 信長が、

 反応する。


「収束?」


「人の感情の流れが、

 一点に集まり始めている」


「昨日、

 抑制したはずの

 傾向が再燃」


 画面に、

 可視化された線が浮かぶ。


 人の期待。

 不安。

 救済願望。


 それらが――

 再び、

 一つの象徴へ

 向かっている。


「……同じ場所か」


 俺が言う。


 官兵衛は、

 否定も肯定もしない。


「場所ではない」


「個だ」


 信長が、

 目を細める。


「……あの娘か」


 官兵衛は、

 淡々と続ける。


「対象は、

 自覚なし」


「周囲が、

 “意味”を

 付与し始めている」


「偶像が、

 役割を

 持たされつつある」


 濃姫が、

 小さく息を呑む。


「……早すぎる」


「はい」


 官兵衛は、

 即座に肯定。


「管理者が

 直接干渉した事実が、

 逆説的に

 象徴性を強めた可能性」


 痛い。


 だが――

 正しい。


「……放置すると?」


 俺は、

 覚悟を決めて

 聞く。


「三段階で進行」


 官兵衛は、

 迷いなく言う。


「第一段階:

 無意識の依存増加」


「第二段階:

 彼女の選択が

 “正解”として

 扱われ始める」


「第三段階:

 本人の意思を

 超えた

 役割固定」


 信長が、

 低く唸る。


「神に

 仕立て上げる気か、

 人は」


「無自覚に」


 官兵衛は、

 冷静だ。


「最悪の場合、

 再び

 管理者の

 直接介入が必要」


 管理室が、

 一瞬静まる。


 それは――

 避けるべき未来だ。


「……対処案は?」


 俺が問う。


 官兵衛は、

 少しだけ

 間を置く。


 恐怖が、

 働いている。


「三案」


「一、

 信長による

 配置調整の再実施」


「二、

 観測補助を

 対象へ

 “接続”」


「三――」


 一拍。


「管理者が、

 再び

 現場へ出る」


 即座に、

 却下される。


「それはない」


 濃姫が、

 強く言う。


 天照大神も、

 首を振る。


「一度倒れた者に、

 同じ道を

 歩ませるな」


 官兵衛は、

 静かに頷く。


「予測通りの反応」


「ならば――

 二が、

 最も安定」


 信長が、

 腕を組む。


「観測補助……

 つまり」


「彼女に、

 “観られる側”ではなく

 “観る立場”を

 与える」


 官兵衛は、

 淡々と答える。


「役割を

 分散させる」


「象徴を、

 一点に

 集中させない」


 管理室の視線が、

 俺に集まる。


 判断は、

 俺だ。


 俺は、

 深く息を吐き――

 画面を見る。


 異常は、

 まだ

 小さい。


 だが――

 確実に、

 芽だ。


「……準備だけ、

 進めろ」


「正式接続は、

 俺が決める」


 官兵衛は、

 一瞬だけ

 目を伏せた。


「了解」


「時間は、

 多くない」


 管理室の奥で、

 新しい接続スロットが

 仮点灯する。


 異常は、

 まだ

 事件ではない。


 だが――

 放置すれば、

 神話になる。


 それを止めるか、

 使うか。


 管理者の判断が、

 再び

 問われていた。

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