第28話倒れかけ

 朝か、

 夜か。


 管理室には、

 区別がない。


 ただ、

 時間が

 流れているだけだ。


 俺は、

 管理席に座ったまま、

 いつから動いていないのか

 分からなくなっていた。


「……」


 視界の中央が、

 わずかに歪む。


 文字が、

 一瞬遅れて

 頭に入ってくる。


《世界線安定率:99.98%》

《異常兆候:なし》


 完璧だ。


 なのに――

 体が、

 ついてこない。


「……まだ、

 大丈夫」


 そう言い聞かせ、

 立ち上がろうとする。


 その瞬間。


「……っ」


 足が、

 床を捉え損ねた。


 踏み出したはずの

 一歩が、

 空を踏む。


 視界が、

 一気に暗くなる。


 落ちる。


 そう思った。


 だが――

 床に倒れる前に、

 手が何かを掴んだ。


 管理席の縁。


 ぎし、と

 音が鳴る。


「……くそ」


 膝をついたまま、

 息を整える。


 心臓が、

 早い。


 痛みはない。

 だが、

 全身が重い。


「……笑えないな」


 画面が、

 自動で切り替わる。


《管理者状態:危険域》

《推奨措置:休止》


 休止。


 その文字に、

 思わず笑ってしまった。


「……無理だろ」


 誰が代わる。


 誰が決める。


 誰が、

 線を引く。


 管理室は、

 沈黙したままだ。


 十柱は、

 動かない。


 それが、

 正しい。


 だが――

 正しいからこそ、

 きつい。


「……まだ、

 終わってない」


 膝を押して、

 立ち上がる。


 ふらつく。


 視界の端に、

 光が滲む。


 それでも、

 前を見る。


「……次は」


 次が、

 何かも分からないのに。


 そのとき。


 管理室の外縁、

 ほとんど使われていない

 補助観測ラインが、

 微かに点灯した。


 誰かが、

 見ている。


 まだ、

 入ってきてはいない。


 だが――

 必要だと、

 示している。


 俺は、

 それを見て、

 小さく息を吐いた。


「……もう少しだけ」


「……一人でやらせてくれ」


 願いなのか、

 意地なのか、

 自分でも分からない。


 ただ。


 倒れるわけには

 いかなかった。


 少なくとも――

 今は。


 管理室の灯りは、

 揺れない。


 だが、

 管理者は

 揺れていた。

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