第22話太陽は、呼んでいなかった

 管理室に、

 静寂が戻っていた。


 第八柱と第九柱は、

 完璧に機能している。

 信長は抑えられ、

 濃姫は均衡を保ち、

 世界は――

 表面上、安定していた。


 だが。


 俺の胸の奥だけが、

 ずっとざわついていた。


「……どうしたんですか」


 佐倉が、

 小さく聞く。


「分からない」


 正直に答えた。


「何か、

 足りない」


 リーネが、

 こちらを見る。


「第十柱の席は

 未使用です」


「本来なら、

 不要のはずでした」


「……本来、

 ならな」


 俺は、

 管理端末に手を置いた。


 起動するつもりは、

 なかった。


 だが――

 指が、

 勝手に動いた。


「……管理者!?」


 リーネの声が、

 一瞬遅れる。


 画面が、

 強制的に切り替わる。


『管理神:第十柱』

『担当領域:――――』


 空欄。


 第三柱が、

 息を呑む。


『え、

 これ

 マジでヤバいやつ』


「止めろ!」


 俺は、

 自分の手を引き戻そうとする。


 だが、

 権限が拒否された。


「……拒否?」


 第一柱のログが、

 初めて明確な異常を示す。


『管理不能事象』


 信長が、

 目を細める。


『……来たか』


『そなた自身の

 影』


 起動シークエンスが、

 これまでとは

 まったく違う形で進む。


 数式は消え、

 コードは崩れ、

 残ったのは――

 祈りに近い何か。


 光が、

 管理室全体を包む。


 眩しい。

 だが、

 熱くない。


 ただ、

 “そこに在る”と

 思い出させる光。


 そして――

 姿が現れた。


 白。

 金。

 柔らかな威厳。


 誰もが、

 直感で理解した。


 これは、

 管理神ではない。


『……』


 彼女は、

 しばらく沈黙し――

 やがて、

 穏やかに口を開いた。


『ここは』


『まだ、

 夜ですね』


 その声に、

 第四柱と第五柱が

 同時に震える。


『未来分岐、

 安定』


『選択圧、

 消失』


 第二柱の災害モデルが、

 一斉に再計算を始める。


『災害確率、

 自然回帰』


 第三柱が、

 呆然と呟く。


『……え、

 空気とか

 関係ないタイプ』


 信長が、

 静かに跪いた。


『……天照』


 その名を、

 彼が口にした瞬間、

 全ログが確定する。


『第十柱』

『天照大神』


 佐倉が、

 震える声で言う。


「……日本の、

 主神……」


 俺は、

 喉が渇くのを感じながら、

 一歩前に出た。


「……なぜ、

 現れた」


 天照大神は、

 俺を見る。


 裁くようでも、

 見下すようでもない。


 ただ、

 照らす視線。


『あなたが』


『支配し、

 抑え、

 交渉し、

 選ばせた』


『それでもなお、

 世界が暗くなるのを

 恐れた』


『だから』


『私は、

 呼ばれました』


 胸の奥が、

 締め付けられる。


「……俺は、

 神を管理している」


「信仰なんて、

 必要ない」


 天照大神は、

 微笑んだ。


『ええ』


『だからこそ、

 私は必要です』


『信じるためではなく』


『迷った時に、

 立ち戻る光として』


 濃姫が、

 静かに頭を下げる。


『……過ぎた夜を

 長くしすぎました』


 信長は、

 悔しそうに笑った。


『太陽が出れば、

 影は濃くなる』


『だが――

 夜よりは、

 ましだ』


 管理室の

 すべての席が埋まった。


 十柱。


 管理。

 災害。

 感情。

 選択。

 支配。

 抑止。

 交渉。

 そして――

 光。


 天照大神は、

 最後に俺へ告げる。


『覚えておきなさい』


『私は、

 あなたの味方ではありません』


『ですが』


『あなたが

 人であろうとする限り』


『必ず、

 照らします』


 その瞬間、

 管理室に

 朝が来た。


 だが――

 夜が終わったとは、

 誰も思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る