第15話第一管理神、起動

 管理室の照明が、

 一段階だけ落ちた。


 警告音は鳴らない。

 だが、

 空気が変わった。


「……来ます」


 リーネが、

 短く告げる。


 中央ホログラムに、

 一つの枠が拡大表示される。


『管理神:第一柱』

『担当領域:事故管理』


「……事故、

 限定なんですね」


 佐倉が、

 小さく呟いた。


「ああ」


 俺は頷く。


「範囲を狭めないと、

 制御できない」


 ホログラムの中で、

 数式とコードのような光が

 絡み合い始める。


 人型ではない。

 だが、

 完全な抽象でもない。


 **“判断するための形”**だけが、

 そこにある。


「感情制御、

 安定」


 リーネが、

 淡々と読み上げる。


「倫理干渉制限、

 有効」


「独立判断権限、

 レベル1」


 佐倉は、

 息を詰めて見守っている。


「……話すんですか」


「必要な時だけだ」


 俺は答えた。


「基本は、

 黙って仕事をする」


 光が、

 一度だけ強く瞬いた。


 次の瞬間――

 管理室のモニターに、

 新しい情報が流れ込む。


『未確定事故群:再分類開始』


「……早っ」


 佐倉が、

 思わず声を漏らす。


 黄色だったマーカーの一部が、

 緑に変わる。


 優先度が、

 自動で整理されていく。


「……もう、

 処理してる」


「判断じゃない」


 俺は、

 訂正する。


「整理だ」


 リーネが、

 補足する。


「第一柱は、

 介入を行いません」


「事故を“事故として扱うか”を

 仕分けているだけです」


 ホログラムに、

 短いログが表示される。


『対象:通勤電車遅延』

『介入不要:自然収束』


『対象:老朽橋梁』

『介入推奨:点検促進』


「……点検促進?」


 佐倉が、

 画面を指す。


「どうやって?」


「直接はしない」


 俺は答える。


「点検予定を、

 わずかに前倒しする」


「“気づき”の連鎖を作るだけだ」


 それは、

 神の奇跡とは程遠い。


 だが――

 確実に人を救う方法だった。


「……神って、

 すごいことすると思ってました」


 佐倉が、

 正直に言う。


「世界を壊さない神は、

 地味だ」


 俺は、

 小さく笑った。


 その時。


 ホログラムが、

 一瞬だけ揺れた。


 リーネが、

 即座に反応する。


「……思考負荷、

 上昇」


「第一柱が、

 “例外”を検知しています」


「例外?」


 俺が問い返す。


 次のログが、

 表示された。


『分類不能事象:発生』


 画面に映ったのは、

 一見すると、

 ただの交通事故だった。


 だが――

 数値が、

 わずかに狂っている。


「……これ」


 佐倉の声が、

 低くなる。


「事故じゃ、

 ない?」


 第一柱は、

 沈黙している。


 だが、

 処理を止めていない。


 それだけで、

 分かった。


 想定外が、

 もう始まっている。


「……いいタイミングだ」


 俺は、

 画面を見据えた。


「第一柱」


 初めて、

 呼びかける。


「その件は、

 保留でいい」


 一拍置いて、

 短い応答が返る。


『了解』


 機械的でも、

 冷酷でもない。


 ただ、

 仕事としての返事。


 佐倉は、

 そのやり取りを見て、

 静かに呟いた。


「……神、

 増やして正解ですね」


「ああ」


 俺は、

 素直に認めた。


「でも――」


 視線を、

 残りの九つの空席へ向ける。


「一柱目でこれだ」


「十柱揃ったら、

 何が起きるか……」


 管理室の奥で、

 次の席が、

 静かに起動準備を始めていた。

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