第12話役割という名の境界線

 管理室の照明が、

 わずかに落とされた。


 中央のホログラムが、

 静かに展開される。


 そこに映し出されているのは、

 世界地図と、

 無数の細い線。


「……これ、

 全部“問題”ですか」


 学生が、

 乾いた声で聞いた。


「正確には、

 問題になる“可能性”だ」


 俺は答える。


「まだ、

 確定じゃない」


 だが、

 線の数は多すぎた。


 リーネが、

 一歩前に出る。


「管理者は、

 これらすべてを把握し、

 判断する立場にあります」


「ですが」


 彼女は、

 学生の方を見た。


「あなたは、

 管理者ではありません」


 その言葉に、

 学生は頷く。


「……はい」


「あなたの役割は、

 観測補助」


 リーネが、

 はっきり告げる。


「判断は行わない。

 介入もしない」


「見ること、

 気づくこと、

 伝えること」


「それだけです」


 学生は、

 少しだけ安堵した表情を見せた。


「……それなら」


「ですが」


 リーネは、

 言葉を重ねる。


「あなたの“気づき”は、

 判断に影響を与えます」


「管理者が、

 見落とした点を指摘する」


「つまり――」


 彼女は、

 一瞬だけ視線を俺に向ける。


「責任は、

 間接的に共有されます」


 学生の表情が、

 引き締まる。


「……逃げ道は、

 ないですね」


「あります」


 俺が言った。


 二人の視線が、

 こちらに集まる。


「やめる選択は、

 いつでもできる」


「席は閉じるし、

 記憶も曖昧にする」


「ただし」


 少しだけ、

 言葉を強める。


「続けるなら、

 中途半端は許さない」


 学生は、

 しばらく考え込んだ。


 視線が、

 モニターを彷徨う。


 世界の断片。

 事故の兆候。

 誰かの日常。


「……名前、

 呼ばれてないですよね」


 突然、

 そんなことを言った。


「え?」


「俺」


 学生は、

 少し困ったように笑う。


「ずっと“学生”って」


 管理室の空気が、

 一瞬、緩んだ。


「……そうだな」


 俺は、

 息を吐いた。


「名前、

 教えてくれるか」


「――佐倉 恒一(さくら こういち)です」


 その瞬間。


 管理室の端末が、

 静かに反応した。


『観測補助登録:

 個体名 確定』


 リーネが、

 淡々と続ける。


「以後、

 あなたの役割は」


「観測補助・佐倉」


 佐倉は、

 一度だけ深く息を吸い、

 頷いた。


「……分かりました」


「俺は、

 見る」


「見て、

 伝えます」


 それだけを、

 約束するように。


 俺は、

 画面を切り替えた。


「初任務だ」


「とは言っても、

 判断はしない」


 映し出されたのは、

 小さな地域の、

 微細な異常値。


「これを、

 どう思う?」


 佐倉は、

 画面を見つめ、

 数秒考えた。


「……数字より、

 場所が気になります」


 俺とリーネが、

 同時に彼を見る。


「ここ、

 学校の近くです」


 その一言で、

 警告レベルが一段階上がった。


 俺は、

 小さく笑う。


「……なるほど」


 見落としていた。


 リーネが、

 即座に修正を入れる。


「指摘、

 有効」


 佐倉は、

 驚いたように瞬きをした。


「……これが、

 役割」


「そうだ」


 俺は、

 はっきり言った。


「君は、

 世界を救わない」


「だが、

 世界が壊れるのを

 見逃さない」


 三つの席が、

 静かに並ぶ。


 上下関係でも、

 対等でもない。


 役割で繋がった、

 不完全な三人。


 その関係が、

 これからどれだけの選択を

 生むのかは――

 まだ、誰にも分からなかった。

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