第11話管理室への初入室
目を閉じると、
世界が一瞬だけ、沈んだ。
落ちる感覚はない。
揺れもしない。
ただ、
足元の重さだけが消える。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
次の瞬間、
視界が開ける。
白い床。
高い天井。
規則正しく並ぶ机と、
無数のディスプレイ。
「……夢と、同じだ」
学生は、
呆然と呟いた。
俺は、
少し後ろに立っている。
「現実だ」
「もう、
夢じゃ誤魔化せない」
管理室は、
病院よりも静かだった。
機械が動いているはずなのに、
音がしない。
空調の風すら、
感じない。
「……パソコン室、
みたいですね」
「似せてる」
俺は答えた。
「人間が落ち着く構造を、
流用してるだけだ」
学生は、
一つの席に近づいた。
空いている机。
まだ、誰も座っていない。
だが――
彼が近づくと、
モニターが自動で点灯した。
「……反応、してる」
「観測補助席だ」
俺は、
はっきり言った。
「君のために、
最初から用意されてた席だ」
学生は、
一歩下がる。
「……最初から?」
「神々が残した構造だ」
「誰が座るかまでは、
決めてなかった」
管理室の奥から、
足音が聞こえた。
静かで、
正確な歩幅。
学生が振り返ると、
そこにリーネが立っていた。
「初めまして」
彼女は、
淡々と頭を下げる。
「私は、
管理補佐神リーネです」
学生は、
一瞬、固まった。
「……神?」
「肩書きです」
即答。
「過度な期待は、
しないでください」
学生は、
困ったように笑った。
「……分かりました」
それが、
嘘じゃないことは分かった。
リーネは、
学生の方を見たまま続ける。
「あなたは、
まだ管理者ではありません」
「権限も、
義務もありません」
「ですが」
彼女は、
一瞬だけ言葉を切った。
「ここを“見てしまった”以上、
完全な一般人でもありません」
学生の表情が、
引き締まる。
「……戻れない、
ってことですか」
「戻れます」
俺が、
すぐに口を挟んだ。
二人の視線が、
こちらに向く。
「今日見たことは、
忘れる選択もできる」
「席も、
閉じられる」
学生は、
しばらく黙っていた。
そして――
ゆっくりと、
椅子に手をかけた。
「……座るだけ、
ですよね」
「今日は、な」
そう答えると、
彼は小さく頷き、
椅子に腰を下ろした。
その瞬間。
モニターが、
一斉に反応する。
数値が流れ、
図形が構築され、
世界の断片が映し出される。
「……うそ」
学生の声が、
震えた。
「これ……
ニュースで見た事故……」
「未確定情報だ」
俺は、
画面を見ながら言う。
「まだ、
起きていない」
学生は、
息を呑んだ。
「……止められる、
んですか」
その問いに、
俺は即答しなかった。
「止めれば、
別の場所で歪みが出る」
「止めなければ、
確実に誰かが傷つく」
学生は、
拳を握りしめる。
「……重すぎる」
「そうだ」
俺は、
正直に言った。
「だから、
まだ君に決めさせない」
リーネが、
静かに補足する。
「今日は、
“見るだけ”です」
「判断は、
管理者が行います」
学生は、
少しだけ安心したように息を吐いた。
「……良かった」
管理室の中央で、
三つの席が、
淡く光っている。
俺。
リーネ。
そして、
まだ何者でもない一人。
世界は、
確実に次の段階へ進み始めていた。
そして俺は、
その背中を見ながら思う。
ここから先は、
一人で背負う話じゃない。
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