第9話三人目の席

 管理室の端末が、

 これまでとは違う反応を見せていた。


 警告でも、

 異常値でもない。


 提案だった。


『観測感度上昇に伴う補助権限付与:可否判定』


「……は?」


 思わず声が漏れた。


 俺は、

 その表示を二度見する。


「誰が、

 こんな仕様を作ったんだ」


「創造神の管理構造です」


 リーネは、

 事務的に答えた。


「高い観測感度を持つ存在が発生した場合、

 管理負荷を分散するための措置です」


「……人間にも?」


「本来は、

 想定されていません」


「ですが」


 彼女は、

 言葉を選ぶように続けた。


「現在、

 条件を満たす存在は彼だけです」


 ディスプレイに、

 学生のデータが拡大表示される。


 意識レベル、安定。

 観測感度、上昇中。

 因果干渉耐性、低。


「……耐性、低?」


「はい」


 リーネは、

 淡々と説明する。


「補助権限を付与すれば、

 精神的負荷が発生します」


「最悪の場合、

 人格に影響が出ます」


「……論外だ」


 即座に言った。


「人を、

 仕事に巻き込む気はない」


 リーネは、

 その言葉を否定しなかった。


 だが、

 別の画面を表示する。


 赤い警告が、

 ゆっくりと増えていく。


「管理遅延が、

 顕著になっています」


「あなたと私だけでは、

 対応が追いつきません」


 俺は、

 歯を食いしばった。


 分かっている。

 最近、判断が遅れている。


 一つ一つ考えすぎて、

 結論を先延ばしにしている。


 世界は、

 そんな人間の都合を待ってくれない。


「……他に方法は?」


「ありません」


 即答。


「神々が残した構造は、

 役割分担を前提にしています」


「二人は、

 明らかに不足です」


 管理室の奥。


 今まで沈黙していた

 一つのデスクが、

 淡く光り始めた。


 誰も座っていない椅子。

 だが、

 最初からそこにあった。


「……三人目の席、か」


 俺が呟くと、

 リーネは小さく頷いた。


「はい」


「観測補助、

 限定権限」


「世界に直接干渉する権限は、

 付与されません」


「それでも――」


 彼女は、

 こちらを見た。


「彼は、

 もう普通の人間ではありません」


 胸の奥が、

 重く沈んだ。


 助けた命を、

 また利用する。


 それが、

 正しいかどうかは分からない。


「……本人の意思は?」


「確認していません」


「ですが」


 リーネは、

 静かに続ける。


「夢の中で管理室を見ても、

 拒絶反応はありませんでした」


「恐怖より、

 理解を示しています」


 俺は、

 椅子の背にもたれ、

 天井を見上げた。


「……都合が良すぎる」


「ええ」


 リーネは否定しない。


「ですが、

 世界は都合で回っています」


 その言葉が、

 やけに重く響いた。


 管理室のディスプレイに、

 小さな確認ウィンドウが浮かぶ。


『補助権限付与準備:承認待ち』


 カーソルが、

 ゆっくりと点滅している。


 俺は、

 その画面から目を逸らした。


 これは、

 命を救う選択とは違う。


 人生を変える選択だ。


「……今日は、保留だ」


 そう言うと、

 リーネは静かに頷いた。


「了解しました」


「ですが、

 時間は残っていません」


 管理室の奥で、

 三つ目の席が、

 淡く、消えずに光り続けている。


 そこに誰が座るのか。


 それを決める責任が、

 確実に、俺の手に乗っていた。

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